誤審とテクノロジーの問題

 ドイツvs.イングランド、アルゼンチンvs.メキシコの“ダブルヘッダー”の後、再燃したのがFIFA(国際サッカー連盟)のテクノロジー導入問題だった。FIFAは再び、ビデオ判定をはじめとするテクノロジーの導入を拒否した態度を非難されている。

 メキシコ戦でアルゼンチンのカルロス・テベスがゲットした先制点は、明らかなオフサイドだった。テベスもそれには気づいていた。
「最初、レフェリーはノーゴールの判定をするのではないかと感じていた。それで、レフェリーの合図を見てから喜ぶことにしたんだ。オフサイドなのは分かっていたよ。僕が自己中心的なのは認める。けれども、レフェリーがゴールを認めていたし、チームにとっては、それで十分だと思ったんだ」

 イタリア人のロベルト・ロセッティ主審は非常に難しい状況に陥っている。彼がゴールを認めた後、スタジアムの大型ビジョンには、テベスがオフサイドポジションにいたことが明白に映し出されていたからだ。FIFAには通常、“センサー”が働いている。彼らには“リプレーマン”がいて、どんなシーンをスタジアムのスクリーンに映し出すか選択する役割を負っている。スタジアムで騒ぎを起こしたらまずいからだ。
 テベスのゴールの時、おそらく担当者は寝ていたか、オフサイドに気づいていなかったに違いない。おかげで主審は非常に気まずい立場に置かれてしまった。仮にロセッティがビジョンを見て判定を変えたなら、彼は史上初の(※実際には二番目の)ビデオ判定を取り入れた主審となっていた。もっとも、それをしていたら彼の審判生命も終わっていたと思うが。

 実際に犠牲になったのはメキシコだった。メキシコのハビエル・アギーレ監督は「あのゴールまではわれわれの方が優勢だった。あれで何もかも変わった」と憤懣やるかたない。「あの失点で集中力が落ちてしまった。主審と副審が、われわれの数年にわたる努力をすべて水の泡にした」と語った。

 出来事をもう少し違う側面から語ることもできるだろう。交代出場したアルゼンチンのホナス・グティエレスは言う。
「これもフットボールなんだ。オフサイドなのは僕らにも分かっていた。しかし、レフェリーは一瞬で判断しなければならないし、間違うこともある。彼らが間違っても、僕らは何もできない。それもフットボールの一部なんだ」
 リオネル・メッシはオフサイドについては触れなかったが、「メキシコはいつもよりボールを支配していて、僕らが先制できたのはラッキーだった」と話した。
「残り時間、メキシコ選手は先制点のダメージを受けていた」
 しかし、その4時間半前に行われたイングランドvs.ドイツでは、もっとひどい事態になっていた。ドイツが2−1とリードしていた段階で、フランク・ランパードの放ったシュートはバーに当たって落下、約50センチもゴールインしていたが、3人の審判の誰もそれを見ていなかった。これで2−2になっていたら、試合の様相は変わっていただろう。
 古いファンにとっては、44年前の復讐とも感じたかもしれない。1966年ワールドカップ(W杯)・イングランド大会決勝でのジェフ・ハーストのゴールで、西ドイツは敗れている。おそらくハーストのシュートはゴールラインを越えていなかった。ドイツの『ビルト』紙は「フットボールの神様に感謝」という見出しをつけ、写真にはハーストとランパードが並べられていた。

 イングランド守備陣の脆さ、ランパードとジェラードの守備面での貢献の低さを考えると、あるいはランパードのゴールが認められていたとしても、ドイツが勝っていたかもしれない。しかし、2−1でハーフタイムを迎えるのと2−2では雲泥の差だ。何かが起こらないとは誰も言えない。
 負傷で戦列を離れているリオ・ファーディナンドは「2−2なら違う結果になっていたのではないか」と言う。それ以前に、もしリオとテリーのセンターバックコンビが健在なら、イングランドは違うチームだったかもしれない。ともかく、ファーディナンドは「ランパードのゴールが認められていれば、僕らはフルスロットルに入っていただろうし、そうなれば勝っていたと思う」と残念がった。

 イングランドの専門家たちは、判定が違えば、必ず勝っていたと考えるほど楽観的ではない。しかし、同日に起こった続けざまの大きな判定ミスによって、すべての英国人がもはやテクノロジーの導入に躊躇(ちゅうちょ)しない態度を見せ始めている。
 しかし、FIFAの反応は何があろうと決して変わらない。このような議論は、何度もテーブルに上げられてきたに違いないのだ。FIFAのスポークスマンであるニコラ・マンゴは「毎日のメディアブリーフィングでレフェリーの判定について取り上げない」と、これまで通りの立場で、そしてスイス人らしく対応している。

 英国4協会とともに国際サッカー評議会(IFAB)のメンバーであるFIFAは、3月の時点ですでにテクノロジーの導入については結論を出している。FIFA会長のジョゼップ・ブラッターは、ミッシェル・プラティニと同様にテクノロジーの導入には反対の立場にいる。
 その理由は2つで、1つはビデオ判定で試合が止まってしまうこと。もう1つは、アマチュアのゲームでビデオ判定を導入するのは不可能で、フットボールが世界のスポーツであることへの妨げになるという理由だ。

 イングランド代表のファビオ・カペッロ監督は、「なぜテクノロジーの導入がいけないのか分からない」と述べている。テニスやクリケットの例からしても、ボールがラインを越えているかどうかの判定に要する時間はわずか0.5秒だ。また、アマチュアチームのゲームでは副審なしで試合を行っているケースもある。あるいは、互いのチームから副審を出していることもある。すでにフットボールのルールは世界共通ではない。

<了>

※4年前のW杯決勝イタリアvs.フランスでは、ジネディーヌ・ジダンがマルコ・マテラッツィに頭突きをして退場処分を受けた。主審はジダンの暴行を確認しておらず、第四審判に聞いて処分した。第四審判はビデオでその場面を見ている。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1965年10月20日生まれ。1992年よりスポーツジャーナリズムの世界に入り、主に記者としてフランスの雑誌やインターネットサイトに寄稿している。フランスのサイト『www.sporever.fr』と『www.football365.fr』の編集長も務める。98年フランスワールドカップ中には、イスラエルのラジオ番組『ラジオ99』に携わった。イタリア・セリエA専門誌『Il Guerin Sportivo』をはじめ、海外の雑誌にも数多く寄稿。97年より『ストライカー』、『サッカーダイジェスト』、『サッカー批評』、『Number』といった日本の雑誌にも執筆している。ボクシングへの造詣も深い。携帯版スポーツナビでも連載中

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント