先端技術の導入か、万人のためのサッカーか=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

牧歌的なモザンビークリーグ

サッカーという番組コンテンツはいまや国を問わず求められる時代となった(写真はイメージ) 【Getty Images】

 今回、南アフリカへやって来てよかったことの1つは、モザンビークリーグのダイジェスト番組を見られたことだ。今、僕はダーバンから北に20キロほど離れた、季節外れの海岸沿いのB&Bにいるのだが、ここのデジタルテレビのチャンネルを回していたら、突然ポルトガル語の放送局が入ってきた。それがモザンビークのスポーツチャンネルだった。
 モザンビークリーグのダイジェスト番組は、1試合5分刻み程度でどんどん試合を消化していく。それにしてもスタジアムの牧歌的なことよ! ゴール裏席もバックスタンドもないスタジアムはざらだ。コンクリートむき出しの席も普通である。凸凹はあるにせよ、ピッチの芝生は鮮やかな緑で、ピッチ外の赤茶けた土の色とのコントラストが実にアフリカ大陸的だ。

 客はそれほどいない。そんな中、ゴールを決めては喜び、頭に来ては激しいファウルをお返しし、勝って騒いで負けて沈黙するのは世界のどことも変わらない。「これは比較的客が入っている試合だぞ」と思ってみたら、バックスタンドに警官が動員されて制服姿で踊っていた。
 スポンサーボードの前では、3本くらいのテレビマイクを突きつけられた監督が、試合後のインタビューを受けている。さもなければ、記者会見の模様が放映される。モザンビークリーグのサッカー環境は悪くとも、世界的なテレビ多チャンネル化の中、貴重な番組コンテンツとなっているのだろう。

 ヨーロッパではプレミアシップ、リーガ・エスパニョーラ、セリエA、ブンデスリーガが欧州4大ビッグリーグとして莫大な放映権料を生み出しているが、もっとサッカーコンテンツが欲しいのはどこの国のデジタル放送局も一緒で、オランダリーグのダイジェスト番組も権利が高騰しているという。カタールに行った時、突然オランダリーグのダイジェスト番組が始まり驚いたこともあるが、アフリカのどこの国だか分からない“プレミアシップ”という名のリーグ戦も録画中継されていた。また、Jリーグもヨーロッパで毎週土曜日に1試合中継されている。

 デジタル放送が始まる以前から、ブラジルのようないったいどこの州の何部リーグだが分からない試合を延々と放映する国もあるが、サッカーという番組コンテンツはもはや、国を問わぬ時代になりつつある。真冬のサッカーコンテンツとして始まったスカンジナビアリーグは投資した金額と回収した金額が見合わなくなり、中止になってしまったが、モザンビークリーグのようにテレビ向けにスタジアムの改修もせず、普段通りに中継する分には多くの投資も必要ないだろう。

この日起こった2つの誤審

ノーゴールの判定に対し、副審に抗議するルーニー。この日は2試合で誤審があった 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 さて、27日のドイツ対イングランドはダーバンの海岸にあるファン・フェスタで見た。この好カードはちょっと雨がちな日だったこともあってか、ファン・フェスタには300人ほどしか集まらなかった。それでもFIFA(国際サッカー連盟)管轄のイベントにしては地元料理の屋台もあって楽しいし、何より宿で1人で見るより、「ちょっと傘に入りなよ」といった隣のファンとのやりとりがうれしい。

 しかし、実況に不満を覚えた。画像と音声にタイムラグがあり、選手がシュートを打ったと思ったら、「外れた〜」とネタバレされるのだ。それはないだろうと思っていたら、時おり聞こえるボールを蹴る音と画像のタイミングがピタリと合っていた。つまり、実況アナウンサーは選手が蹴った瞬間、「これは入った」「ややワイドに外れた」といった結末を判断できるほどの腕前だったのだ。ファン・フェスタのような場だと、もうちょっと選手の名前を細かく言ってくれればありがたいが、それでも相当なレベルの実況だった。
 やがて例の瞬間である。実況アナウンサーが「ゴールだ」と叫んだランパードの明らかな得点が取り消された。その瞬間、ビーチにはイングランドファンの怒りの声と、そのほか大勢の何とも言えないため息で沸いた。しかし、副審はオフサイドラインを維持しながら、ゴールか否かを判定せねばならぬのだ。どうすればゴールライン上をボールが超えたかどうか、正確に判断できるのだろう。副審に求められているものは、すでに人間の能力を超えている。

 アルゼンチン対メキシコ(これはB&Bに戻って見た)でも、オフサイドポジションにいたテベスのゴールが認められた。メキシコのDF2人がゴール側に走り、副審にとってはトリッキーな動きになってしまったが、これはしっかりオフサイドか否か見極めてほしかったところ。副審は真横から見ていたわけだし、テベスも相当前に出ていた。

ゴールのビデオ判定をすべきか?

 いずれにしても、この日起こった2つの誤審は、世界的な大議論へと発展しているはずだ。南アフリカのテレビ番組でも討論されている。そして、やはり言われるのは「サッカー界はコンサバティブ(保守的)」というもので、「ラグビーやクリケットといった(保守的な)スポーツでもビデオ判定は行われている」という主張もある。
 オランダでも「(グラウンド)ホッケーの世界が最先端の技術を追い求めているのに比べ、あまりにサッカーは保守的すぎる」(バイエルンのルイス・ファン・ハール監督)などという声は根強い。僕も「ゴールに限っては、ビデオ判定をすべき」の立場だ。

 しかし、「ヨーロッパの国なら先端技術を使った判定ができるだろうが、アフリカの国ではどうするのだ」という声も聞こえてきた。そこで、モザンビークリーグの環境を頭に浮かべてみる。確かにモザンビークリーグにテレビカメラは入っている。やろうと思えばアフリカの国でもできるのだろう。だが、ここでサッカーの「いつでもどこでも誰とでも」の精神が頭をよぎる。技術の発展とその導入は、その精神の垣根を高めているだけではないのだろうかと。
 とてもいいとは言えないモザンビークリーグの環境。その中で判定技術ばかりが先端をいくのだろうか。「ビッグイベントに限って」という議論にもなりそうだが、「そのビッグイベントとは何か」という定義もやっかいだ。サッカーとは本来、シンプルなルールのもとで行われているスポーツである。

 今季ヨーロッパリーグで5人審判制が実施されたが、4人目と5人目の審判があまりに消極的な態度で、機能しなかった試合が多かった。この実験は来シーズンも続けられると聞いている。果たして5人審判制は審判法改善の一助となるだろうか。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント