疑惑のゴールと成長する監督=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月27日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

あらためて「レフェリー受難の時代」について

疑惑のシーン。ボールは明らかにゴールラインを割っていた 【ロイター】

 大会17日目。この日はブルームフォンテーンでドイツ対イングランドが、そしてヨハネスブルクのサッカーシティではアルゼンチン対メキシコが、それぞれベスト8進出を懸けて対戦する。今大会、なかなかヨーロッパのチームの試合が見られていないこともあり、当初は前者のカードに心が動いた。とはいえ、さすがにブルームフォンテーンまで、往復10時間というのは厳しいものがある。ここは無理をせずにヨハネスブルクにとどまることにした。それにしてもこの日のアルゼンチン対メキシコといい、翌日のブラジル対チリといい、今大会の決勝トーナメントは本当にコパ・アメリカ(南米選手権)のような顔合わせが続いている。

 そのブルームフォンテーンで誤審騒ぎが起こった。2点を先制されたイングランドが1点差に追いついた直後の前半38分、ランパードが放ったループシュートがバーに当たってバウンドし、これをドイツGKノイアーがキャッチする。ただし、その前にバウンドしたボールは明らかにゴールラインを割っていた。にもかかわらず審判団は「ノーゴール」の判定。その後、ドイツは後半に新鋭ミュラーの2ゴールで、イングランドに4−1と圧勝している。守備が完全に破たんしていたイングランドは、負けるべくして負けたとも言えるが、それでもランパードの幻のゴールに関しては同情の余地はある。何しろドイツのレーブ監督でさえ「あれはゴールだったと思う」と試合後に語っていたのだから。

 ここで思い出されるのが、1966年ワールドカップ(W杯)・イングランド大会決勝での「ハーストの疑惑のゴール」。くしくも今回と同カード(ただし当時は西ドイツ)の延長前半、ハーストが放ったシュートがバーをたたいて微妙な地点でバウンドし、この時はゴールの判定が下された。今回は逆の判定となったわけだが、44年前との一番の違いは、あらゆる角度からのリプレー映像が「誤審」を雄弁に物語っていることだ。
 ライターの中田徹さんもコラムで触れていたが、今大会はまさにレフェリー受難の時代を象徴する出来事が多発しているように思えてならない。視聴者の欲望に従順な映像技術の進歩と、レフェリーの人間的誤差との乖離(かいり)は、ここ数年で度し難いほどのものとなってしまった。FIFA(国際サッカー連盟)首脳部の思惑がどこにあるかは定かではないが、大会終了後にはまたビデオ判定の是非をめぐる議論が沸騰することは間違いなさそうである。

何度も惜しいシーンを演出したメキシコだったが……

今大会の出場国の中で、最もコスプレ偏差値が高いメキシコのサポーター。代表は残念ながらベスト16止まり 【宇都宮徹壱】

 こういうことは微妙に連鎖するもので、サッカーシティでのアルゼンチン対メキシコでも、微妙な判定が物議を醸すこととなった。それは前半26分のアルゼンチンの攻撃。メッシからのスルーパスに、テベスがシュート。いったんはGKがはじいたが、これをメッシがダイレクトで押し返し、これをテベスが頭でコースを変えてネットを揺らす。アルゼンチンの選手たちが喜びに沸く中、会場のスクリーンにリプレーシーンが映し出され、ご丁寧にもメッシのラストパスの瞬間のオフサイドラインまでもが表示されていた。
 おそらく国際映像をそのまま流したのだろう。それを見ると、明らかにテベスはオフサイドであった。その後、両チームの選手たちが副審に詰め寄る場面もあったが、主審はテベスのゴールを宣言。私の隣にいたアルゼンチンの記者は「イングランドのゴールは認められなかったが、われわれのゴールは認められたようだ」と笑いながら語った。

 一方、試合序盤は積極的な攻めの姿勢を見せていたメキシコは、この承服し難い失点で、すっかり調子が狂ってしまったようだ。肝心なところでのパスミスが目立つようになり、それが致命的な失点に直結してしまう。33分、メキシコのパスミスをイグアインが奪い、そのままドリブルでゴールへ一直線。最後はGKをかわして、きれいに流し込んで2点目を決める。後半に入ってからもアルゼンチンの勢いは止まらず、7分にはテベスのスーパーミドルがさく裂し、早々に試合の行方を決定づけてしまう。今度は文句なしのゴール。テベスはこの試合、マン・オブ・ザ・マッチに選出されている。

 ここまでやられっ放しだったメキシコが留飲を下げたのは後半26分。エルナンデスがアルゼンチン守備陣の虚を突くような左足のシュートで、ニアサイドに見事なゴールを決める。これで3−1。この2分前、マラドーナ監督はテベスを下げてベロンを投入している。ここで攻め続けるのか、それとも守りに入るのか、アルゼンチンは意志統一ができていないところで失点を食らってしまった格好だ。
 とはいえ結果として、その後はベロンがチームが浮足立つのを沈め、相手のポゼッションが高まる中でも、しっかりゲームの主導権を握り続けることに成功。これに呼応するかのように、ベンチは明確な意図を感じさせるカードを切ってくる。後半34分には前線からプレスをかけられるグティエレスを、そして42分には最も若いパストレを、それぞれ投入。見事に3−1のスコアのままゲームを締めくくった。メキシコも何度か惜しいシーンはあったものの、やはり最後は自力の差が出た試合となってしまった。

日々成長と変化を続けるマラドーナ監督

マラドーナ、メッシ、そしてニコ? こんな立派な横断幕を作ったお父さんをニコ少年は心から尊敬している 【宇都宮徹壱】

 かくしてアルゼンチンの準々決勝の相手はドイツと決まった。指揮官にとっては、何とも感慨深いカードであろう。今から20年前のW杯イタリア大会決勝、マラドーナが統率するアルゼンチンは、憎しみに満ちたブーイングと主審の不利な判定に苦しめられ、涙にくれながら西ドイツの選手たちがトロフィーを掲げる姿を見つめていた。その20年越しのリベンジのチャンスが、ついにめぐってきたのである。それにしても、グループリーグでのナイジェリア戦(現役時代W杯最後の対戦相手)、韓国戦(優勝した86年大会の最初の対戦相手)、そしてギリシャ戦(現役時代W杯で最後にゴールを記録した対戦相手)と、今大会のアルゼンチンの対戦相手は、どういうわけかマラドーナの現役時代をなぞるかのような顔ぶればかりである。そして、この次はドイツ。ここでも勝利したなら、指揮官マラドーナの注目度はさらにアップすることだろう。

 そして気が付けばマラドーナは、当初の「色モノ監督」のイメージから脱却し、今では名将への階段を一歩一歩、登っているように思えてならない。この日のゲームのベンチワークにしても、タイミング的に「?」と思えるところもないわけでないが、それぞれにきちんとした意図が感じられ、何より極端に奇をてらっていないところに、かえって新鮮味を覚える。これからさらに勝ち進む中で、かつての天才はどんなさい配を見せるのだろうか。そういえば、今大会はすでにカペッロ(イングランド代表)も、リッピ(イタリア代表)も、ヒッツフェルト(スイス代表)も、アンティッチ(セルビア代表)もいない。彼ら「名将」「知将」が大会を去る中、日々成長と変化を続けるマラドーナ監督は、私の中では岡田武史と並ぶ「今大会注目の指導者」であったりする。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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