イングランド敗戦の陰に潜むプレミアの問題点=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

“幻のゴール”は新たなターニングポイント

ドイツに1−4で敗れ、肩を落とすイングランドの選手たち 【ロイター】

 重い敗戦――単なる「力負け」などでは片付けられない。確かに、経緯から考えればフランク・ランパードの“幻のゴール”を無視された因果は小さくないとは思いたい。それでも、ゲーム全体を振り返り、かつ、6月27日の時点で消化されたベスト16の対決4試合を総括してみた時、イングランド(代表)は、その総本山たるプレミアリーグのあり方からして、見詰めなおすべきターニングポイントに来ているような気がするのだ。
 問題の“幻のゴール”について、試合後のファビオ・カペッロは大いに嘆き、ウルグァイ人レフェリーチームを非難した。彼の立場からすれば当然だ。「仕方がない」「運がなかった」で気が治まるような話ではない。イーブンスコアに引き戻した状態で後半に臨むのとそうでないのとでは雲泥の差がある、と考えるのは人情というものだろう。

 ただし、1966年決勝で両者の明暗を分けたジェフ・ハーストの“疑惑のゴール”と結びつけて取りざたするような、底の浅い、ピント外れの脚色は、トリヴィア程度の雑音として聞き流すに限る。単なるシーンの類似性以上の何ものでもないのだから(それに、今回は誰がどう見ても完ぺきに有効なゴールだった)。
 むしろ、同じ“ミスジャッジ”の効果で言うなら、そのほぼ4時間後に“被害”を被ったメキシコの方が、よほど悔やみ切れない思いをしたはずだ。イングランドの場合はほどなくしてハーフタイムを迎え、気持ちを整理して仕切り直しする、時間的ゆとりがあったはず。ところが、メキシコにとっては、大敵アルゼンチンと互角に渡り合ってこれは行けるぞという20分すぎに降りかかってきた、思わぬ“目と耳を疑う大事件”だったのだ。

ファーディナンド欠場の余波

得点が認められなかったランパードの幻のゴール 【Getty Images】

 その重大性は、彼らが駆け付けたレフェリーもろとも問題のラインズマンを取り囲んで執拗(しつよう)に抗議を続けた事実、あるいは、前半終了直後にアルゼンチン・ベンチ裏で一触即発のもみ合い、小競り合いを演じた事実からも窺(うかが)い知れるだろう。
 一方のイングランドは、TVカメラにとらえられた限りでは、当のランパードが絶望的な表情で天を仰いだくらいで、特にレフェリーたちに質(ただ)そうとはしなかった。雄雄しくも不運と受け止める紳士たるプライド? かもしれない。ただ、今となってはそんな奇麗事(?)にも、何やらキナ臭くもある“根源的問題”に思いが至ってしまうのである。

 果たして、ピッチ上でプレーしていたキャプテンのスティーヴン・ジェラードは、監督同様にラインズマンの“見立て違い”が重大な意義を持っていたことを認めつつも、しょせんは言い訳にすらならないと述べている。負けるべくして負けたのだ、と。
 そのココロとは――おそらくジェラードは、90分間のプレーを通して肌で思い知ったのではないだろうか。「違い」を、ボールを追う、ボールに寄り付く、ボールを奪い取る意志の強さと執念を。具体的には、より厳しく辛(から)いチェック、ここぞというときのスピードとパワーの差を。失点のシーンではまさに、傍目(はため)からもそのことが歴然としていた。

 マシュー・アップソンの倒れ込むような寄せをねじ伏せるように跳ね除け、ジャストのタイミングで右足を投げ出したミロスラフ・クローゼ、まるで弓を引き絞るようにピンポイントでデイヴィッド・ジェイムズの股間を狙い澄ましたルーカス・ポドルスキー。
 前者のケースでは、ゴールキックにはオフサイドが適用されないルールを知っているはずなのにもかかわらず、ジョン・テリーとアップソンに不用意な位置取りがあったことも指摘されそうだが、そんなことよりも2人が明らかにスピードで太刀打ちできていなかったこと、そしておそらくは、特にポドルスキーあたりのパワーに気後れのようなものを感じている節が伝わってきたことの方が、よほど問題ではなかったろうか。

 ジェラードは内心、愕然(がくぜん)とした――のかもしれない。リオ・ファーディナンドのリタイアが決まったときから密かに心配していた事態が現実になってしまった、と。
 リオが“スリーライオンズ”(イングランド代表)のセンターバックの中でただ1人“俊足の持ち主”だということは、知る人ぞ知る常識である。「快足FWに対する不安」は最も肝に銘じておくべき“傷”の1つだった。だが、グループリーグの3試合は幸いにも、ロバート・グリーンの独り芝居による失点を除いて、ゴールを一度も割らせないで来た。そこに、わずかながらでも油断のようなものがあったとしたら……ただし、いま一度、それらのゲームを振り返ってみれば、ジェラードがいつになく頻繁にディフェンスに参加していた事実もきっと浮き彫りになるだろう。
 しかし、傷は傷。ドイツはものの見事にそこをついてきたとも考えられる。というのも、戦前、監督ヨアキム・レーウは、ミヒャエル・バラックから特にテリーとランパードについての情報(性格も含めて)を詳しく再確認したという話などが伝わっていたからだ。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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