ブラジルは主力が万全なら優勝できる?=ドゥンガとメディアの南ア狂騒曲

大野美夏

序盤はドゥンガ個人の問題で持ちきり

ブラジルは2連勝で早々とグループリーグ突破を決めたが…… 【ロイター】

 ついにワールドカップ(W杯)が始まった。
 ブラジルの試合が行われる日は、仕事も授業も中断という国を挙げてのお祭り騒ぎが今回も繰り広げられている。試合の数時間前になると、街中にはブラジルカラー(緑と黄色)、カナリア色の服やユニホームを着た人々があちこちで見られ、直前は試合を見るために移動する人たちで、街がいっそうザワザワした感じになる。

 連日、熱狂的なW杯報道がなされるブラジルだが、セレソン(ブラジル代表)については、サッカーそのもの以上に、ドゥンガ監督とメディアとの確執ばかりが目につく。そもそも、ドゥンガとメディアの不仲は、1990年W杯・イタリア大会からという長い歴史があり、セレソンの監督に就任してからはもっとややこしくなっている。
 北朝鮮戦、コートジボワール戦とブラジルは難なく勝利を収めた。カカ、ロビーニョ、ルイス・ファビアーノのプレーも光り、守備をきっちりとこなしつつ、その上に攻撃のバリエーションがあるというセレソンの強さを見せつけた。ほかの強豪国がつまずく中、ブラジルは内容、結果ともに順当で、特にたたかれる理由はなかった。

 それではつまらないと考えたのかどうかは分からないが、メディアがこぞって取り上げたのは、ドゥンガ本人のことだった……。
 コートジボワール戦後の記者会見で、ドゥンガはTVグローボ(ブラジル最大の放送局)のあるリポーターをにらみながら、ブツブツつぶやいている異様な姿が映し出された。後に判明したのだが、ドゥンガは「バカ、くだらない、ウンコ野郎」という子供には聞かせたくない言葉を並べ立てていたのだ。
 メディアは一斉に非紳士的態度としてFIFA(国際サッカー連盟)の裁定が下ると書き立てた。結局、FIFAの介入はなかったが、ポルトガル戦の前日、ドゥンガ自ら記者会見で「自分の個人的問題なのに、国民に余計な心配をかけてしまい申し訳ない」と謝罪したのだ。

ポルトガル戦で露呈した弱点

ポルトガル戦では、ドゥンガ監督もいら立ちを隠せず、怒りをあらわにした 【Getty Images】

 そして迎えたポルトガル戦、ここまで無難に勝利した2戦と状況が一変する。コートジボワール戦でレッドカードを受けて出場停止のカカ、けがのロビーニョとエラーノという主力3選手を欠いたブラジルは、ジュリオ・バチスタ、ダニエウ・アウベス、ニウマールが穴埋めとして先発。結果はスコアレスのドローに終わったものの、グループリーグ1位通過を果たすにはそれで十分だった。
 しかし、この試合ではっきりしたのは、やはりカカーとロビーニョというタレント性の高い選手がいるのといないのとでは、攻撃の迫力が大きく違うということだ。ニウマールとルイス・ファビアーノの前線までパスが届かないのだから、見ている方は不満が募る。ドゥンガのお気に入り、エラーノの存在もいかに大きいかが明らかになった。

 翌日、ブラジルで人気のスポーツ新聞『ランセ』紙の見出しでは、「タレントはどこに!?」と叫ばれていた。
 そして国民やメディアの気持ちを代弁するかのように、82年、86年W杯メンバーの元ブラジル代表ソクラテスがこう言っている。
「ジョズエがフェリペ・メロの代わりに入ったとき、『神よ! ブラジルにはもっといい選手がいないのか!?』と思った瞬間に、頭にはMFパウロ・エンヒケ・ガンソ(サントス)の姿が思い浮かんだ。ジョズエが悪いと言っているのではない。ジョズエの正確なロングパス、ショートパスは認めるが、創造的なプレーや美しいプレーはどこに?」
 こう嘆いた後に、「ただ、そんなことを言っても仕方がない。今はセレソンを応援するしかないのだ」と言い聞かせていた。

『フォーリャ・デ・サンパウロ』紙で、ブラジルきっての戦術論を唱えるパウロ・ビニシウス・コエーリョは、「ガンソを呼べ!」という題のコラムに、「ジュリオ・バチスタは、チームをオーガナイズすることができなかった。ジュリオが足の痛みを訴えてラミレスと交代したが、そのラミレスはカカと組んだことはあっても、これまでカカの代役を務めたことがなかった選手だ。ポルトガル戦で、ブラジルはレギュラーが万全なら優勝できるが、リザーブでは難しいことが分かった」とはっきり書いた。

セレソンの命運を握る3人

 一方で、もちろんドゥンガを擁護する意見もある。
「70年以来24年間、W杯で優勝できなかったのは、美しいプレーにこだわったせいだ。ドゥンガのやっているサッカーは、結果をもたらしている」と。

 とはいえ、ポルトガル戦はドゥンガ本人も試合中にかなりいら立っており、そのサッカーの質は褒められたものではない。実況では、ブラジルの選手がパスミスするたびに、怒りのジェスチャーを見せる監督の姿が映し出されていた。ドゥンガでさえいら立っているのだから、スペクタクルを求める国民がどんな気持ちで試合を見ていたかは、推して知るべしだろう。

 ネット上で繰り広げられている意見では、「カカが不在のとき、彼に代わるクリエーティブなプレーヤー、違いを生み出せるプレーヤーがこのチームにはいない。やはりガンソを連れていくべきだった」という声が支持を集めている。中には、「なぜ、クレベルソン(フラメンゴのベンチ要員)を連れていったのか……。きっとW杯キャンペーンのくじに当たって、南アフリカに行ったのだろう。それも、“選手と同行”という最高のおまけつきで」といった皮肉や、懸念の左サイドバックでは「ミシェウ・バストスはクロスさえ上げられなかった。かといって、(控えの)ジウベルトもそれほど役に立つとは思えないが」といった、辛らつな言葉がかわされている。

 グループリーグ3戦を通じて見えたことは、カカ、ロビーニョ、エラーノがセレソンの命運を握っているということだろう。この3人がいなければ、優勝候補筆頭といえども足をすくわれかねない。決勝トーナメント1回戦のチリ戦では彼らも戻ってくる。そして、自分たちの力で批判を吹き飛ばすしかない。国民は、彼らがけがをしませんようにと神に祈りながら、セレソンを見守っている。

<了>
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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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