W杯がホストカントリーに残すものは=中田徹の「南アフリカ通信」
試合を忘れて盛り上がるのもまたW杯
ポルトガル対ブラジルはスコアレスドローに。観客の期待を裏切る凡戦だった。 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】
「でも雰囲気は最高だったわ」と彼の妻が返す。目がくりくりとした、小柄な美人だ。
ポルトガル対ブラジルは凡戦だった。ゴールが生まれる気配はなかったので、“0−0”は妥当な結果だろう。われわれがFIFA(国際サッカー連盟)のウェブサイトを通じて買うチケットは席種によってA、B、Cと分かれているが、さらにその上の“ホスピタリティーチケット”というカテゴリーがあり、定価であって定価がない、まるで銀座の高級すし屋のような売り方がされているという。
今大会のグループリーグにおいて、最も高値がついたホスピタリティーチケットが、このポルトガル対ブラジルだった。それだけブラジルというブランド力が高いこと、ブラジルにはカカ、ポルトガルにはクリスティアーノ・ロナウドがいること、さらに好ゲームへの期待が集まっていたのだろう。
それにしてもサッカーとすし屋のカウンターの組み合わせは最高だ。たまたま隣り合わせになった見知らぬご夫妻と、「ブラジルとポルトガルにはなんだかガッカリだったね。どこから来たの? 日本? じゃあ、ここの店のメニューを読めるよね。すしと天ぷらはどういう組み合わせで頼めばいいかな」と相談を受けながら会話が弾む。
店はものすごく混んでいる。もちろん店内では、チリ対スペインの試合をテレビで流している。しかしわれわれの席からはテレビが見えない。「ごめんなさいね。角の席で」。女将(おかみ)が謝る。「いや、いいんですよ。角だろうとどこだろうと、味に違いはないんですから」と僕。
じゃあ、お前、チリ対スペインの試合を見なくていいのか――という突っ込みを受けそうだが、それでいいのだ。耳があればゴールのシーンぐらいは聞こえてくるだろう。そのときの店の沸き具合を観察するのも、また楽しいものだ。サッカーは耳で見る――これは僕の得意技でもある。
スペインがゴールを決めた。画面の中に7番を着けた男が大写しになる。ビジャか? 隣の男が席を立ってテレビの前へ走り、彼の妻と僕は顔を見合わせ苦笑いをした。
やがて店内はテレビの試合への集中力を欠きだした。「ヤキソーバ、ヤキソーバ、ヤキソーバ」と騒ぐブラジル人団体。ポルトガル人サポーターは「オー、テマキ・オレー、テーマーキ、テマーキ、テマキ・オーレー」とおなじみのリズムで手巻きずしをほおばる。日本のユニホームを着たサポーター2人組はどこかの国の美女としゃべり込んだり、侍パフォーマンスを披露して店の人気者になっているぞ。チリ対スペインの試合もワールドカップ(W杯)だが、試合を忘れて店で盛り上がるのもまたW杯だ。
W杯開催によるメリット、デメリット
「このダーバンには大きなクリケット場もラグビー場もある。わざわざ新しいスタジアムを作る必要はなかった。既存のスタジアムをアップグレードすればよかったのだ。しかしFIFAはそれを認めなかった。やがて税金となってわれわれにのしかかってくる」
ダーバン・スタジアムは、ラグビー場と細い道一本隔てたところにある。クリケット場も歩いて20分の距離だ。プレトリアやヨハネスブルクのエリスパークなど、古くて趣のあるスタジアムもあるにはあるが、ケープタウンなど新しい豪華すぎるスタジアムも多い。
「FIFAは外国から多くの観光客が来るのを見込んでいたが、当てが外れてホテルの予約はたくさんキャンセルされた。庶民レベルでも、スタジアム周辺では商売ができないから上がったりだ」
では、W杯を開催したことによるメリットは何だろう……。
「それは多くの人が、南アフリカの本当の姿を知って帰ったこと。これまで南アフリカは犯罪ばかりが騒がれすぎていた」
“犯罪大国・南アフリカ”という外国からのレッテルに対し、確かに多くの南アフリカ人はフラストレーションをためている。この日乗ったタクシーも「ヨハネスブルクを除けば、南アフリカはそんなに危ない国じゃない」と叫んでいた。
「また、政府は今後サッカーへの投資を増やすだろう。今までスポーツに関し、この国の政府はラグビーやクリケットへの投資が中心だった。さらに今回、政府はイニシアチブをとって“サッカー・フライデー”という日を設けた。これは金曜日はサッカーのユニホームを着て仕事をしましょうというもので、わたしたちも職場でユニホームを着て働いた」
学生は学校へ行かなくていい。
「W杯開催期間中、学校は休みだ。寮はサポーターの宿泊施設となり、敷地は“パーク・アンド・ライド”となるからね。例年ならこの時期の休みは3週間だが、今年は5週間だ。しかしイースター休みを短くしたり、学期の始まりを早くするからトータルの休みの日数は変わらないよう調整されている」
ホストカントリーの子供たちへ
W杯は開催国の子供たちに、どんな夢や希望を残すのだろうか 【Photo:Action Images/アフロ】
この子の母親(つまりB&Bの経営者)によれば、「今日から学校は休みだけど、クラスでは32カ国を分担してそれぞれの国のことを勉強することになっているの。うちの子は日本担当っていうわけ」とのことだ。
今度は日本語の書き方を教えてくれという。「わたしの名前はPaige。なんて書くの?」。そこで「ペイジュ」と書く。それからお姉さんの名前、お父さんお母さんの名前、犬の名前、猫の名前、友達の名前……と、カタカナばかりがどんどん増えていく。そろそろ次のB&Bへ移るタクシーが来るころだ。突貫でカタカナの50音表を作って、レクチャーする。そしてお別れのとき、ペイジュは「ようこそ〜」を連発して見送ってくれた。
02年日韓・W杯でも韓国の民泊先ではこんなことがあった。ここの次女はやはりシャイだったが、試合会場のパビリオンでもらったおもちゃを大量に持って帰ると大変喜んで遊んでくれて、最後は「うちにずっといてくれ」と泣かれてしまった。その子も今は15歳ぐらいになっているのか。少しは日本という国に理解を示してくれているといいのだが。
W杯がホストカントリーの子供に与えるだろう強烈なインパクト。それはスター選手のプレーであり、外国からのユニークなサポーターであったり、ちょっとした垣の根レベルの触れ合いだったりするのだろう。日本もついこの前に開催したのだから、分かってくれる人も多いと思う。
<了>
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