日本代表の冒険は続く=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月24日@ルステンブルク)

宇都宮徹壱

デンマークという国について

フェイスペインティングで気合いを入れるデンマークのサポーター。今回の対戦で、両国の距離は確実に縮まった 【宇都宮徹壱】

 大会14日目。日本のサッカーファンにとって、極めて重要な一戦の日がついにやってきた。グループE最終戦、日本対デンマークの試合が行われる、ここルステンブルクの天候は気持ちのよい快晴。キックオフとなる20時30分には、ぐんと気温が冷え込むことは分かっていても、それでも何となく晴れがましい気分になる。

 この日は単なる「決戦の日」ではない。グループリーグで同組になった3チームと、完全にオサラバできる日でもあるのだ。思えば昨年12月2日のワールドカップ(W杯)ファイナルドロー以降、われわれはずっとカメルーン、オランダ、デンマークに関するニュースを貪欲(どんよく)に集めまくっていた。戦力分析、親善試合の結果、そして負傷者情報から内紛のうわさまで、サッカーファンを自認する日本人のほとんどが、そうした情報を共有してきたのである。これは世界的に見ても稀有(けう)なことで、デンマークの人々は5月の段階でもグループEの対戦相手を把握していなかったくらいだ。いずれにせよ、半年間も勉強してきたおかげで、私たちはこの3カ国については随分と詳しくなった。

 とりわけデンマークという国については、日本でこれほど話題になったことはついぞなかったのではないか。以前、デンマーク大使館の関係者から「W杯を機会に、もっと日本の方々にデンマークのことを知っていただきたいのですが、どうすればよいでしょう」という相談を受けたことがあった。その人いわく、デンマークは隣国スウェーデンに比べて、日本でははるかにマイナーなのだそうだ。なるほど確かにスウェーデンなら、ボルボ、イケア、アバ、カーディガンズといったブランド名やアーティスト名がすぐに思い浮かぶが、デンマークとなるとせいぜい「アンデルセン」くらいしか出てこない。それでも今回のW杯を契機に(とりあえずサッカー限定かもしれないが)、わが国におけるデンマークに対する認知度は著しく向上したはずだ。こうした異文化への理解を促進するのもまた、W杯の素晴らしさである。

 余談ながら今年の5月、取材でデンマークを訪れて強く感じたのは、彼らのメンタリティーが「日本人に近い」ということであった。決して出しゃばらず、謙虚で、周囲に対して気遣いができる。「チームワーク作業が得意」というのも特徴だ。一方で違いについて挙げるなら、やはり「仕事よりも家庭」という感覚が徹底していることだろう。仕事は午後5時で切り上げ、残業もしなければ飲みにも行かずにまっすぐ帰宅し、家族全員で食卓を囲む。男性の家事負担は当たり前で、掃除も料理もできない男は女性から相手にされないそうだ。このあたり、私を含めた多くの日本人男性にとっては少し耳の痛い話だが「エプロン姿のベントナー」とか「こまめに掃除するアッガー」を想像するのは何となく楽しい。われらが代表には、気分をほぐす意味でもぜひ「家事をするデンマーク代表」をイメージしてからピッチに入ってもらいたい――って、もう遅いか。

日本のアドバンテージと不安要素

日本はリードを奪いながらも、組織的な守備が最後まで崩れることはなかった 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 そんなわけで日本代表である。
 グループリーグ第3戦は、日本にとってまさに理想的な展開となった。2試合を終えての日本の勝ち点は3、得失点差は0。対するデンマークは、同じ勝ち点3ながら得失点差は−1である。つまり日本は勝利はもちろん、引き分けでもOKという勝ち抜けのオプションがあるわけで、心理的なアドバンテージは明らかに日本は上である。加えて、裏の試合を戦うオランダとカメルーンが、それぞれが勝ち抜けと敗退が決まっているのも好材料。日本は裏の試合の経過を気にすることなく、目前の相手との戦いに集中すればよいのだ。余計なことは一切、考える必要はない。これはピッチに立つ選手たちにとって、心理的な負担はかなり軽減されるはずである。

 一方で不安要素もある。特に気になるのが、選手の疲労度だ。岡田武史監督が、この重要な一戦でも不動のメンバーで臨むことは間違いないだろう。確かに、アンカーを置いた「ゼロトップ」布陣は、堅い守備を基調とした現在のスタイルに非常にマッチしているし、選手選考もコンディションと戦術への適正が重視されているようだ。だがここにきて、チームの弱点である選手層の薄さが、スタメン組に過度の疲労を与えている事実は見逃せない。加えて日本は、高地(ブルームフォンテーン)、低地(ダーバン)、そして高地(ルステンブルク)と、海抜と気温の高低差が激しい中での戦いを強いられている。メンバー固定のツケは、この第3戦あたりで疲労のピークとなって表れるかもしれない。

 とはいえ、いみじくも岡田監督が語ったように「今のわれわれのベストを尽くすこと、今持っている力のすべてを出すこと、それしかない」というのが、今大会の日本の状況である。戦術的、戦力的オプションがほとんどないまま、それでもグループリーグ突破まであと一歩、というところまでたどり着いたのだ。ならば、戦い方もシステムもスタメンも変えずに、このまま突っ走るしかないだろう。
 この歴史的な一戦に臨む11人をあらためて紹介しておこう。GK川島永嗣。DFは右から駒野友一、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、長友佑都。中盤は守備的な位置に阿部勇樹と遠藤保仁。右に長谷部誠、左に松井大輔、トップ下に大久保嘉人。そして1トップ本田圭佑。メンバーは不動ながら、この日は4−2−3−1のシステムである。20時30分、キックオフのホイッスルが鳴った。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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