決勝点のスアレスに、本来の実力発揮を願う=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

今大会は実力を十分に発揮しきれていない

メキシコ戦で決勝点をマークしたスアレス。期待のストライカーが今大会初ゴールでベスト16に導いた 【Getty Images】

 ウルグアイが1−0でメキシコを下すと、ウルグアイの新聞は「ベスト16、1位抜け」と快挙をたたえ、国中がお祭り騒ぎになっていることを伝えた。「感動だ。本当に感動している」とオスカル・タバレス監督は語った。

 決勝ゴールを奪ったのはストライカーのルイス・スアレスだった。前半43分、右サイドからのクロスに対し、スアレスはうまくファーサイドへもぐり込み、会心のヘディングシュートを決めたのだ。「僕はとてもうれしい。これが自分にとってワールドカップ(W杯)での初ゴールだ。この気持ちは表しようがない」とスアレスは喜んだ。
 貴重なゴールを挙げ、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれたスアレスに対して、こんなことを書くのもどうかと思うが、今大会におけるスアレスは実力を十分に発揮しきれていない。今季の、特に前半戦のアヤックスは「FCスアレス」と呼ばれたほど、スアレスの個人技と決定力に依存していた。また、マルティン・ヨル監督はスアレスをキャプテンに任命し、この結果、スアレスはエゴイスティックな選手からチームリーダーへと成長した。

 だが、ウルグアイ代表では、ディエゴ・ルガーノ、ディエゴ・フォルランといったベテラン選手の存在感があまりに大きく、スアレスは“小僧”の域から脱していない。メキシコ戦はカルロス・サルシード、フランシスコ・ロドリゲス(共にPSV)、エクトル・モレノ(AZ)といった普段オランダリーグで顔を合わせている選手との大舞台となったが、それでもスアレスは日ごろの技を出し切ったとは言えなかった。
 とはいえ、何より大事なのはゴール、勝利という結果である。自らのゴールでチームをベスト16へ導いたのだから、次の決勝トーナメント1回戦の韓国戦ではパフォーマンスを上げて、スアレス本来の実力を発揮してくれればと願う。

オランダではシミュレーションの常習犯

グループAを1位で通過したウルグアイは、決勝トーナメント1回戦で韓国と対戦する 【Getty Images】

 スアレスに関して語れば、第2戦の南アフリカ戦でのプレーがオランダでちょっとした物議を醸した。GKと接触し、PKを奪ったシーンが「シミュレーションではないか?」と指摘されたのである。スロービデオで見直すと、スアレスはPKをもらいにいっているようにも見えるが、もしGKのつま先が当たっていなければ、スアレスはシュートを打てたはずだ。この議論は「スアレス、正当なPK奪取」という見方が多数を占めた。しかし、ほかの場面では、スアレスは明らかにシミュレーションでファウルをもらおうとしていた。

 なぜ、スアレスのPK獲得がオランダで小さな騒ぎになるかというと、彼はシミュレーションの常習犯で、オランダ人からすると「あっ、またやった」という感じで、中にはPKの瞬間、「スーアーレス、オ・オ・オー」と歌ったファンもいただろう。
「スーアーレス、オ・オ・オー」とは今やオランダ国内中で歌われているチャントで、相手チームの選手がシミュレーションをしたり、大げさに倒れて痛がっていたり、はたまたレフェリーが芝生に滑って転ぶと、サポーターがすぐに歌い出す。だからオランダリーグではアヤックスの試合でなくとも、突然スアレスの名前がチャントに出てくるのだ。
 オランダではシミュレーションのことを“シュワルベ”と言うが、スアレスは“スアルベ”というあだ名もちょうだいしており、レフェリーもスアレスにだまされまいとPKの判定に慎重になる。

 スアレスのシミュレーション癖は「サッカー文化」の違いとしてオランダでは解釈されているが、スアレスにはオランダリーグのスター選手、名門アヤックスのキャプテン、さらには次世代の欧州のビッグプレーヤー候補として、そろそろ尊敬されるべき振る舞いが要求される時期に来ているのではないかと思う。スアレスにはマンチェスター・ユナイテッドからのオファーといううわさもあったのだ。期待したい。

開催国のグループリーグ敗退は珍しくなくなった

 ブルームフォンテーンでは南アフリカがフランスを破ったものの、W杯史上初の開催国がグループリーグ敗退となった。しかしユーロ(欧州選手権)の舞台では、2000年にベルギーが、08年にはスイスとオーストリアの共催両国がグループリーグでずっこけたこともあり、開催国のグループリーグ敗退はそれほど珍しいことでもなくなった。個人的には、南アフリカの敗退は、事実は事実として受け入れるしかないと思っている。

 この原稿は、ヨハネスブルクからケープタウンへ向かう飛行機の中で書いているが、アフリカーンス語の新聞(オランダ語を読めれば大体理解できる)は「TROTSE EINDE!(誇りある終わり)」「Bafana maak land trots/Suid-Afrikaners uitgeskakel ondanks geskiedkundig sege(バファナ・バファナは国に誇りを与えた。南アフリカ代表は歴史的な勝利にもかかわらずグループリーグで敗退した)」と見出しを打っている。どんなに今大会のフランスがだらしがなくとも、FIFA(国際サッカー連盟)ランキング83位の南アフリカからすると、9位のフランスは格上も格上。
 英字紙は「今大会は2つのことが歴史に記された。1つは今大会が初のアフリカでの開催だったこと。もう1つはホストカントリーがグループリーグで去ったこと」と皮肉ったが、精いっぱいのことはやり、フランスに勝った上での敗退だから非難の声は聞かれない。

 開催国は早々と消えた。W杯の日めくりカレンダーは、この日もまた1枚めくられる。南アフリカのことばかり気にしている暇はない。今はただ、日本がウルグアイ、メキシコ、アルゼンチン、韓国に続くのを祈るのみである。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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