南ア大会は失敗なのか?=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月22日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

ファンフェストでのPVに行く

サントンのファンフェスタで行われたPV。平日にもかかわらず会場は多くの観客が詰めかけた 【宇都宮徹壱】

 大会12日目。この日からグループリーグ3戦目がスタートする。私はこの日、あえてスタジアムには行かず、パブリックビューイング(PV)でゲームを観戦することにした。カードはフランス対南アフリカ。前回大会ファイナリスト対ホスト国という顔合わせながら、いずれも現在グループリーグ敗退の危機にあり、絶対に負けられない非常にテンションの高いゲームである。ではなぜ私は、この試合を記者席ではなくPVで観戦するのか。その理由は、何とも恥ずかしい勘違いによるものであった。

 実は私は、この試合がプレトリアで開催されるものと、ずっと信じて疑わなかったのである。ところが実際には、ブルームフォンテーンでの開催。どうやら自分のスケジュール表に誤って書き込んでしまったらしく、その情報を試合前日までうのみにしていたのである。本当に情けない話だが、とにかく善後策を考えなければならない。今からブルームフォンテーン行きのエアチケットを確保するか、あるいは同日同時刻にルステンブルクで行われるメキシコ対ウルグアイに切り替えるか――。しばし思案しているうちに、第3のアイデアが浮上する。それがPV観戦であった。

 ワールドカップ(W杯)では、試合会場に行けないファンのために、FIFA(国際サッカー連盟)が主催するファンフェストにて、毎試合PVが行われている。前回のドイツ大会では、なかなかメディアチケットが回ってこなかったため、ベルリンやフランクフルトのファンフェストには何度もお世話になった。もちろん今大会でも、ファンフェストでのPVは開催されているのだが、当然ながらドイツとは状況がまるで異なる。とりあえずは盗難のリスクを回避すべく、荷物は撮影機材以外は最小限にとどめ、できるだけ身軽な格好で取材に臨むことにした。

 訪れたのは、ヨハネスブルク近郊のサントンにある、インネス・フィー・パーク。日比谷公園ほどの大きさの公園内には、巨大なスクリーンを中心に、あちこちに出店が並び、仮設トイレもきちんと完備されていた。警備員の数もそれなりに配備されているが、そもそも危険な雰囲気があまり感じられない。わざわざPVに訪れる日本人が珍しいのか、あちこちから「ハロー!」とにこやかに声をかけられた。拍子抜けするくらい、南アのファンフェストは平和そのもの。何だ、こんなことなら、もっと早くに来ればよかった。今後もメディアチケットが取れなかったら、迷わずこっちに来ることにしよう。メディアセンターでの味気ないテレビ観戦よりも、数十倍は楽しめること請け合う。

打ち砕かれた「ミッション・インポッシブル」

南アの2点目が決まった瞬間、会場は喜びで爆発した。あと2点、何でもないように思われた 【宇都宮徹壱】

 2試合を終えた時点でのグループAの順位は、1位ウルグアイ(勝ち点4/得失点差+3)、2位メキシコ(4/+2)、3位フランス(1/−2)、4位南ア(1/−3)となっている。バファナ・バファナ(南ア代表の愛称で「子供たち」の意味)には、W杯史上前代未聞の「開催国のグループリーグ敗退」という未曽有の危機が迫っていた。現状でグループリーグ突破を果たすためには、南アがフランスに4点差以上で勝利し、なおかつウルグアイがメキシコに勝利すること(あるいはメキシコがウルグアイに勝った場合、南アは5点差以上での勝利)が求められる。

 確かにフランスは、チーム内の深刻な対立が伝えられている(この件について、私は報道されている以上のことは知らないので深くは言及しない)。それでも彼らが、ヨーロッパの強豪であるという事実に変わりはなく、決定力不足の南アが4点も奪うことは、どう考えても至難の業である。加えて裏の試合では、ウルグアイとメキシコが結託して、勝ち点1を分け合う可能性も十分に考えられた。そうして考えると、南アのグループリーグ突破は、まさに「ミッション・インポッシブル」であると言わざるを得ない。

 それでも南アは前半、目の覚めるような攻撃を見せて、ファンフェストの観客を大いに沸かせる。前半20分、右コーナーキックからクマロのヘディングシュートが決まって先制点を挙げると、その5分後にはフランス代表のグルクフが空中戦でのファウルによって一発レッドで退場。やや厳しすぎる判定ではあったが、PVを見ていた観客はゴールが決まったように絶叫し、ブブゼラを吹き鳴らしながら喜びを表現した。37分には、マシレラのグラウンダー気味のクロスをムフェラが詰め、ついに2点目をゲット。さらに裏のゲームでも、前半終了間際にウルグアイがメキシコに対して先制したとの報が入る。何という展開だろう。後半、ウルグアイが1点のリードを守り、南アがさらに2点を追加したなら、開催国は一躍ベスト16に名乗りを挙げることができる。それは、過去のW杯史上でもまれに見る、まさに究極とも言える逆転劇となるはずだった。

 しかし後半に入ると、バファナ・バファナはゴール前でのビッグチャンスで、いつものナイーブさを露呈する。そしてチャンスをつぶすたびに焦燥感を募らせ、アドバンテージがあるにもかかわらず必要以上に前のめりになっていく。10人のフランスは、そうした相手の余裕のなさを完全に見切っていたようだ。後半25分、スルーパスを受けたリベリーが抜け出し、GKを巧みに引き付けてから中央に折り返すと、これをマルーダが冷静に押し込んで2−1。この一撃で、南アの「ミッション・インポッシブル」は、完全に打ち砕かれた格好となった。まだ十分に時間が残っていたにもかかわらず、冷静さを欠いた不正確なプレーが続出し、気持ちばかりが空回りしていく。結局、後半の南アは一度もネットを揺らすことなく、2−1のスコアのまま試合終了。ようやく今大会初勝利を果たしたものの、得失点差でメキシコには及ばず、南アはフランスとともにグループリーグで姿を消すことが決まった。

バファナ・バファナの試合は終わったけれど

史上初となるホスト国のグループリーグ敗退が決定。だが今は大会の成否を論じる段階ではない 【宇都宮徹壱】

 その後、ファンフェストの会場はどうなったか。無数の慟哭(どうこく)に包まれ、何人ものファンがバタバタと倒れたのか。あるいは激情を抑えることができず、無数のブブゼラがスクリーンに投げ込まれたのか。そのどちらでもなかった。彼らは涙を見せることも、怒りをあらわにすることもなく、淡々と事実を受け入れ、そのまま静かに会場を後にしていった。その表情は「まあ、仕方ないよね」「よく頑張ったよね」という、実に穏やかなものだった。2度の得点シーンとグルクフの退場では、あれほど狂喜乱舞していたのに、この受け入れ難い結果に対しては驚くほど冷静なのである。むしろ当事者でない私の方が、W杯史上初となる開催国のグループリーグ敗退を目の当たりにして、がっくり落ち込んでいるというのに。

 ファンフェストの入口でタクシーを待っていると、どこからともなくブブゼラの音色と「アヨバ!」という掛け声が聞こえてきた。「アヨバ(AYOBA)」とは、タウンシップに暮らす黒人たちが好んで使う言葉で「クール」「ハッピー」「ナイス」という意味らしい。今大会のスポンサーのひとつである地元の携帯電話会社のCMで、ブブゼラとの掛け合いで「アヨバ!」とやっていたのが、一気に国民に広がっていったようだ。とはいえ、この状況で「アヨバ!」もないものだ。まったく、何という能天気さであろうか。

 この日、グループBのナイジェリアも韓国に引き分け、やはりベスト16進出の夢を断たれている。すでに2敗を喫しているカメルーンを含めて、アフリカの代表6チームのうち、半分にあたる3チームが早々に大会から去ることとなった。開催国である南アのみならず、アフリカのすべての出場国がグループリーグ敗退となる可能性も、十分に考えられる状況である。せっかく万難を排してアフリカ開催にこぎ着けたというのに、この体たらくなのだから、今ごろはFIFA首脳陣も大いに頭を抱えていることだろう。
 もっとも、だからといって「今大会は失敗だった」と断じるのも、まだ時期尚早だと思う。バファナ・バファナの試合はこの日で終わりだが、ホスト国・南アとしてのミッションはまだしばらく続く。試合結果は残念ではあるが、大会の成否に関する評価はまだ保留とすべきであろう。引き続き、現地で大会の推移を見守ることにしたい。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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