大胆なパスで描くスペインのスケッチ=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

ロングパスに苦しむ大会

パスを得意とするオランダも今大会の環境下では本来の力を発揮できず? 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 初戦のデンマーク戦をヨハネスブルクのサッカーシティ・スタジアムで戦った後、オランダのファン・ボメルはこう語った。
「この環境下で、まずまずのサッカーができたと思う」
“この環境下”とは1700メートルというヨハネスブルクの高地、弾道が定まらず軽く飛んで行ってしまう大会使用球、固いピッチ、コーチングを困難にするブブゼラの音――などを指す。

 オランダは代表チーム、クラブチーム問わずグラウンダーのパスを多用するチームだが、逆サイドにものすごい飛距離のパスを正確に蹴ることができる。元代表選手のフランク・デ・ブールはその完成形だし、Jリーグでプレーした選手の中では“パット”こと元大分トリニータのセンターバック、ズワーンズワイク(Jリーグでの登録名はパトリック)が代表的な選手である。
 この対角的なロングパスを通すには、蹴り手だけでなく受け手のポジショニングも重要である。オランダは4−3−3システムに慣れ親しんでいるから、「このタイミングで(蹴り手が)ボールを受けたら、あそこに(受け手の)誰かが待っているはず・上がっているはず」というスケッチができている。だから「えっ!?」とこちらが驚くようなロングパスを平然とオランダの選手は蹴ってくる。

 しかしデンマーク戦のオランダは、明らかにロングパスの精度に欠いていた。GKのステーケレンブルフだけは立ち上がりミスキックがあったものの、徐々に調子を上げていき、意図するキックができるようになっていったが、フィールドプレーヤーたちはかなり“環境”に苦しんだ。高地だからボールは伸びる。大会使用球は普段使っているボールより飛んでいく。ちょっと加減してロングパスを蹴ると、今度は固いピッチにボールが高く弾んで、受け手の頭上を越えて行ってしまう……というシーンが何度かあった。これは決してオランダだけでなく、今大会の多くの試合で頻繁に起こっている。

最も早く“今大会の環境”に慣れたのは?

不慣れな環境の中、スペインは順応性の高さを見せた 【ロイター】

 そこでスペインだ。彼らは21日にホンジュラスとヨハネスブルクのエリスパークで試合をしたが、すっかり高地に順応した技を見せてくれた。初戦でスイス相手につまずいたスペインは、ホンジュラス戦を勝ち切らないとかなり苦しい立場に追い込まれていたはずだが、そのプレッシャーを感じさせない大胆なパスワークにはうなるしかなかった。

 特に、前半にさすがと思ったのが、ミドルレンジ・ロングレンジの息が合ったパスだった。17分、ビジャの先制ゴールは、DFピケからの正確なロングパスからで、受け手にとって実にトラップしやすいものだった。前半のスペインはこうしたパスを何本か正確に通していた。普段の環境なら当たり前のパスかもしれないが、今大会では各国がミスを頻発させている。スペインは最も早く“今大会の環境”に慣れたチームかもしれない。

 後半、すっかりスペインはショートパス一辺倒のサッカーになった。そのため前半何度か見せた正確なロングパスは見られなくなったが、確かにショートパスならそれほど高地の影響は受けないだろう。そのショートパスが大胆だった。トップ下のシャビはホンジュラスの選手に挟み込まれたり、囲まれたりしていた。そこをうまく動いてフリーになり、シャビ・アロンソやブスケツからのグラウンダーのパスを引き出していたが、その距離がショートともミドルとも言えないようなもので、インサイドで強烈かつ正確に出されていた。ほかの国ならカウンターを恐れて、とても出せないものだろう。

 結果は2−0でスペインの勝利。負けたホンジュラスも後半からこの環境におけるミドルパスのコツをつかんだかに見えたが、実力差は点差以上にあっただろう。
 スペインのサッカーは面白かったが、あともう2点ぐらい取っておきたかった。ビジャは2点を決めて文句なしのマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたが、それでもPKを外した。フェルナンド・トーレスも絶好機を2度外した。

 グループリーグ最終戦、スペインの相手はここまで2連勝のチリだ。この強豪相手にスペインが勝っても2勝1敗。もしスイスがここまで全敗のホンジュラスに勝てば、3チームが2勝1敗で並ぶ。各国ともまずは目先の試合に集中するだろうが、やがて勝ち点計算・得失点計算が始まり、次々にゲームプランが変わっていくのか。それともひたすら自分たちの戦いに全力を尽くすのか……。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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