高まる戦術の重要性、サッカーの均質化=南アフリカで苦戦する強豪国

苦しむ欧州の強豪国

格下のアルジェリアと引き分けて頭を抱えるイングランドのランパード 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 6月11日に開幕したワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会は、グループリーグの2順目を終え、22日から最終節に入る。アルゼンチン代表の主将ハビエル・マスチェラーノは、第2戦の会見の席で今大会のレベルについて意見を求められ、次のように答えている。
「一般的にサッカーにおいて、戦術の重要性が高まっていると思う。戦術がしっかりしているチームは、格上相手であっても十分に競争力があるんじゃないかな」

 マスチェラーノの言葉を借りるまでもなく、今大会はいわゆる強豪国、特に欧州勢が苦しんでいる。強固な守備ブロックで相手の攻撃を抑え、カウンターで一発を狙う戦術が浸透し、アップセットを起こしているのだ。ブラジル、アルゼンチンの南米2強は2連勝と好スタートを切ったが、本命の1つと言われたスペインは初戦でスイスに不覚を取り、フランスは1分け1敗(しかも、ピッチ外のごたごたでチームが分裂状態だ)、前回大会の覇者イタリアとイングランドは2試合連続でドローに甘んじている。

 戦術家のラファエル・ベニテスのもとで3シーズンを過ごしたリバプール所属のマスチェラーノにとっては、こうした状況も決して驚くべきことではない。チャンピオンズリーグ(CL)などでは波乱も珍しいことではないからだ。スペイン人指揮官はイングランドを去り、新シーズンよりインテルの監督に就任する。そして、09−10シーズンまでインテルを率いたジョゼ・モリーニョは、レアル・マドリーの監督となった。
 そのモリーニョが、ポゼッションによる攻撃サッカーを信条とするバルセロナと対峙(たいじ)した時、インテルの選手たちに指示したのが、統率の取れた守備からのカウンターだった。この方法で、インテルはヨーロッパチャンピオンに輝いたのだ。

 アルゼンチンが誇る守備的MFは、こうしたサッカーのトレンドが今、W杯にも反映されていると語る。南アフリカの地では、保守的で守備に重点を置くチームが幅を利かせ、ロースコアの試合が続いている。強豪国でさえ、負けることを恐れて慎重になっているのだ。4−2−3−1、よくて4−4−2といった守備的な布陣を敷くチームも少なくない。観客を楽しませるような美しい攻撃サッカーを標ぼうするチームは数えるほどで、その筆頭だったスペインも、スイスの守備網の前に屈した。

違いを生み出すチームは存在するのか

守備的すぎると非難されるブラジルだが、2連勝で早々と決勝トーナメント進出を決めた 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 もはや、独自のカラーを持ち、違いを生み出すことのできるチーム、かつての強豪でほかのチームに影響を与えるような国はほとんどない。可能性があるとすれば、それはアルゼンチンとオランダだろう(ただし、後者についてはチーム最大のタレント、アリエン・ロッベンが故障から復帰することが絶対条件だが)。

 ディフェンディング・チャンピオンのイタリアは、前回大会と顔ぶれがあまり変わらず、高年齢化していることが大会前から批判を浴びていた。監督のマルチェッロ・リッピとメディアとの間で舌戦が繰り広げられたこともあったが、ふたを開けてみても、やはり結果は出ていない。初戦のパラグアイ戦では、不規則な軌道が物議を醸している今大会の公式球「ジャブラニ」のおかげといおうか、GKフスト・ビジャールにミスが出て同点に追いついた。
 スペインについては説明は不要だろう。先にも述べたように今大会の優勝候補の1つで、バルセロナに似てポゼッションに裏打ちされた美しいサッカーを志向する。だが、初戦のスイス戦で、選手たちは本来の動きを披露できなかった。故障明けのフェルナンド・トーレス、アンドレス・イニエスタら主力選手の復調が待たれるところだ。

 もう1つの本命で6度目の優勝を狙うブラジルは、第1戦の北朝鮮で2−1と辛勝した。ここで強調すべきは、ドゥンガ率いる王国はその輝かしい歴史とは正反対に、今では攻撃のチームではなく、守備に重点を置いているということだ。このチームは、90年のイタリア大会、あるいは94年の米国大会のブラジルに似ていると言える。
 チームをもう一段引き上げてくれるのは、カカの存在だ。だが、ミランからレアル・マドリーに移籍した09−10シーズン、カカはけがの影響もあり、満足のいくシーズンを送ることができなかった。開幕してからやや調子を上げてきているが、ブラジルが優勝するためにはさらなる飛躍が必要だろう。

 やはり優勝候補の一角に名を連ねていたイングランドは、ここまで2分けと絶不調に陥っている。ストライカーのウェイン・ルーニー、MFフランク・ランパードら、主力の調子が一向に上がらないのが気掛かりだ。全員が、特に激しいイングランド・プレミアリーグのクラブに所属しており、やはり疲労が抜け切らないのだろうか。
 スコアレスドローに終わった第2戦のアルジェリア戦後、監督のファビオ・カペッロは困惑気味に語っている。
「プレッシャーのせいなのか、不調なのかは説明のしようがない。これはわたしの知っているチームではない」

W杯の再定義の必要性

イタリアは初戦のパラグアイに分けると、第2戦のニュージーランド戦でもドローに終わった 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 2014年に向けて、FIFA(国際サッカー連盟)はW杯というものを再定義すべきだろう。今大会は決してレベルの高い試合ばかりではなく、観客を楽しませるようなスペクタクル溢れるプレーも少ない。これから先の世界的なサッカーの発展を見据えるならば、ここで一度、立ち止まる必要があるのではないか。

 そのためには、各国リーグのスケジュールを吟味することも欠かせない。ウインターブレークのないイングランドをはじめ、スペイン、イタリアなどの強豪チームは毎シーズン、過密日程に悩まされている。スペイン、イタリア、フランスなどはシーズンが終わってからW杯が開幕するまで、わずか25日間しかなかったのだ(CL決勝はさらに1週間後だった)。しかもW杯開幕前に、各国のキャンプは始動している。これでは、選手たちが心身共にリフレッシュすることなど不可能だ。開幕直前の親善試合で負傷者が続出したのも、蓄積した疲労と無関係ではないだろう。

 大局的に見て、トップレベルのサッカーが均一化している点については、今後も状況は変わらないだろう。いまやどの国でも、主力級の選手は欧州の4つ、あるいは5つのリーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス)に集中している。残りのリーグも、これら主要リーグのサテライト状態だ。スター選手たちはこれらのサークルの中で、循環しているにすぎない。移籍マーケットの中で選手、監督の行き来が激しい昨今、欧州のビッグクラブの志向するサッカーが似てくるのは必然と言える。一部のクラブを除き、そこで重要視されているのはスペクタクルではなく、勝つこと、すなわち戦術だ。この流れは、そう簡単には変わりそうにない。

<了>
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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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