日本とオランダ、それぞれのジレンマ=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月19日@ダーバン)
オランダ戦を「どう位置付けるか」
ダーバン・スタジアムに続々と集結する日本サポーター。いずれの表情も勝つ気満々 【宇都宮徹壱】
そんなわけで日本代表である。すでにわれわれは初戦でカメルーン戦に1−0で勝利し、勝ち点3を手にしている。このグループで「最も弱い」とされていた日本が、現時点ではカメルーンやデンマークよりも優位に立っているのだ。開幕前、このような状況を想像できた人は、決して多くはなかったはずだ。いずれにせよ、われわれは大きなアドバンテージを有して、この第2戦に臨む。とはいえ今回の対戦相手のオランダは、現在FIFA(国際サッカー連盟)ランキング4位の強豪国。日本との力の差は歴としている。ここで考察すべきは、この試合を「どうやって勝つか」以前に「どう位置付けるか」であろう。
選択肢は3つある。
(1)岡田武史監督が考えるベストの布陣で臨み、玉砕覚悟でガチンコ勝負を挑むこと(アルゼンチンと対戦した韓国が、まさにこうした姿勢であった)
(2)より守備的な布陣を敷くことで、あわよくば引き分け、敗れても最少失点で乗り切ること
(3)初戦に控えだった選手たちを積極的に起用することで主力を休ませ、デンマークとの第3戦に向けて早めにコンディション作りを行うこと
これらの選択肢は、いずれもオランダに勝利することを前提としない、極めて現実的な戦略である。理想主義と現実主義、両方の表情を持つ岡田監督は、果たしてこのオランダをどう位置付け、どのようなスターティングメンバーをぶつけてくるのだろうか。
果たして、この日の11人は以下の通りとなった。
GK川島永嗣。DFは右から駒野友一、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、長友佑都。アンカーに阿部勇樹。中盤は右から松井大輔、長谷部誠、遠藤保仁、大久保嘉人。そして1トップの位置の本田圭佑。何と、カメルーン戦とまったく同じ顔ぶれ、そしてシステムである。ということは、岡田監督は(1)を選んだことになる。もっとも、前回のカメルーン戦のスタメンが極めて守備能力の高い布陣であったことを考えると(1)と(2)の折衷案と考えることも可能であろう。もっとも指揮官は、この試合で勝ち点1以上を獲得することを真剣に考えていたようだ。このオランダ戦を「捨てる」のではなく、現実的な戦い方で引き分け以上の結果持ち込む――。そのためのメンバー固定だったのである。
パスは回れどゴールは遠い――オランダのジレンマ
日本は組織的な守備で健闘したがスナイデル(右)の一発に泣いた 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】
前半の展開を一言で表現するならば「ボールを奪えない日本と、シュートを打てないオランダ」ということになるだろう。オランダは日本と同様、初戦と同じメンバー。最大の脅威と見られていた左ウイングのロッベンは、けがのため今回もベンチとなった。それでも、ファン・ペルシを頂点に、右にカイト、左にファン・デル・ファールト、そしてトップ下にスナイデルという強力な布陣を敷くオランダは、スピード溢れる正確なパスワークで、ずっとマイボールの状態を維持しながらチャンスをうかがう。前半のボールポゼッションは、オランダ69%、日本31%。だが時間帯によっては、オランダのポゼッションは75%以上はあったはずである。
そんな前半のオランダの戦い方について、地元メディアの評価は厳しいものであった。試合後の会見でも「前半はエンドレスにボールが回っていたが、相手チームは不安を感じることはなかった」と記者から詰問され、ファン・マルワイク監督は「われわれがビューティフルなフットボールをして、前半で5−0になってほしいと思っているようだが、W杯のような大会では不可能だ」とため息交じりに答えている。そして、こうも付け加えた。「相手のチームは組織的なので、とにかくこちらもベストを尽くさないといけないし、リスクもとらないといけない」。つまり、それだけ前半の日本の守備は、組織的に機能しており、相手にボールを回されながらも、ほとんどピンチらしいピンチを招いてはいなかったのである。それは日本の選手たちの、以下のコメントからも明らかだ。
「ピンチらしいピンチもなく、しっかりブロックを作ってボールを受けることもできていたし、しっかり守れていたと思う」(駒野)
「(カイトに対して)1対1の部分ではそんなに負ける気もしなかったし、突破もさせていないと思う」(長友)
かくして前半は0−0で終了。強豪相手に、それでも勝ち点を積み上げようとする日本にとっては、ここまではプラン通りの展開だったと言えよう。
攻撃面でのオプションが機能しない――日本のジレンマ
途中出場を果たした中村俊(右)だが、好機を演出できなかった 【Getty Images】
この後半早々の失点は、岡田監督にとっては、いささか誤算だったようだ。会見でも「僕の中では後半20分から25分すぎに勝負をかけようと思っていたら、先に失点してしまった」と語っている。
ここから日本ベンチは矢継ぎ早に選手を投入する。後半19分に「あれだけ走っているので90分持たない」(岡田監督)という理由で松井を下げ、今大会初登場となる中村俊輔を投入。さらに32分には、岡崎慎司と玉田圭司を同時にピッチに送り込む(アウトは長谷部と大久保)。併せて闘莉王の攻撃参加まで解禁、日本の一斉攻撃が始まる。当然、カウンターのリスクも生じるが、アフェライとフンテラールのドリブル突破に対しては、川島の好判断と守備陣の的確なフォローで事なきを得た。
このようにゲームが終盤に入っても、日本の守備が集中を切らすことはなかった。問題は、やはり攻撃である。前線の本田はボールを持ち過ぎて決定的な仕事ができず、岡崎は終了間際の決定的なチャンスをわずかに外してしまう(一度きりのチャンスではあったが、9番を背負うストライカーなら決めてほしかった)。このように、せっかく守備陣が健闘したところで、攻撃面でのオプションが機能しない。これこそが、現在の日本が抱えるジレンマである。「1人の強烈なセンターFWに頼って点を取ろうとはハナから考えていない」とは岡田監督の弁だが、さりとて組織で崩しての得点が、今大会中にどれだけ見られるかというと、いささか心もとない。指揮官が指摘するように、やはり「ボールを奪ってからの早い動き」と「セットプレー」に活路を見いだすしかなさそうだ。
その意味で、中村俊の途中出場が「セットプレー」という文脈によるものだったのは明らかだ。だが皮肉にも、この起用は結果として、もはや彼の居場所が存在しないことを白日の下にさらすこととなった。もちろん、セットプレーや局面打開のためのサイドチェンジなど、ほかの追随を許さないスキルは今も健在だ。しかしながら、スピードがない、守れない、つっかけられない、というマイナス要素は、今のチームでは明らかに致命的である。思えばつい最近まで(それこそ5月の韓国戦まで)、このチームは中村俊を中心に回っていた。しかし、その後の抜本的なチーム改造によって、それまでずっとサブ扱いだった阿部や駒野や松井や今野泰幸が台頭している現在、中村俊の存在は明らかに「チェンジ以前」の象徴として人々の目に映るようになってしまった。もちろん、この状況に最も戸惑いを覚えているのは、間違いなく彼自身であるのだが。
これでデンマーク戦が面白くなった!
奇抜なコスプレで楽しませてくれるオランダサポーター。試合への想いは複雑? 【宇都宮徹壱】
少なくとも前回に比べれば、90分間にわたって守備が機能したことで、失点を2つ減らすことができた。この次、オランダと対戦するのはいつになるかは分からないが、その際にはぜひとも、彼らから初ゴールを奪いたいものだ。オランダをはじめとする、FIFAランキング1ケタの強豪国との差は、一朝一夕に埋まるものではない。むしろ、ステップ・バイ・ステップで良いではないか。今はとにかく、世界が注目する大会で、こうした強豪国と真剣勝負ができる喜びと意義をかみしめること。敗れはしたものの、この日、ダーバン・スタジアムでこのゲームを目撃した日本サポーターもまた、私は十分に「勝ち組」であったと考える。
幸い、日本の戦いはまだ残っている。最低でも、あと1試合。もしかしたら、もうあと1試合か2試合、この南アフリカの地で見られるかもしれないのだ。
この日、20時30分にプレトリアで行われた裏の試合、カメルーン対デンマークの試合は、デンマークが2−1と逆転勝利を収めて「崖っぷち対決」を制している。これでグループEの順位は、1位オランダ(勝ち点6/得失点差+3)、2位日本(勝ち点3/得失点差±0)、3位デンマーク(勝ち点3/得失点差−1)、4位カメルーン(勝ち点0/得失点差−2)となった。すでに脱落が決まったカメルーンが、オランダ相手に勝利するとはとても思えない。オランダもまた、決勝トーナメントの戦いを低地で戦うために1位抜けを目指すことだろう。となると、24日にルステンブルクで行われる日本対デンマークの試合は、まさに2位抜けを懸けたテンションの高いゲームとなるはずだ。
想像できるだろうか。われわれは、決勝トーナメント進出をめぐって、かつて欧州王者になったこともある北欧の雄と真剣勝負ができるのである。しかも、アドバンテージを握っているのは、あきらかにこっちだ。日本は引き分け以上であれば、さらに5日間も「大会の当事者」としてW杯を楽しめてしまうのである。悲壮感と開き直りでグループリーグ第3戦を迎えた、4年前のドイツとはまるで異なる状況が、われわれの眼前には広がっているのである。素晴らしい!
デンマーク戦のキックオフは、日本時間で25日の午前3時30分。ウイークデーの寝不足は辛いものがあるだろうが、現地組も極寒の中での観戦となる。お互い、決して楽な状況ではないが、こうなったらとことん日本代表の奮闘に付き合おうではないか。それが、W杯に代表を送り出す国に暮らすサッカーファンとしての、最低限の仁義だと思う。
<この項、了>
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