ファン・マルワイクなんて知らない!=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月18日@ダーバン)

宇都宮徹壱

ダーバンでの第2戦は「暑さとの戦い」?

ダーバンの高速から見えた巨大な看板。この地が一大マリンリゾートであることが伝わってくる 【宇都宮徹壱】

 大会8日目。この日は移動日ということで、まだ空が暗いうちに宿を出て、同業者が運転する車でヨハネスブルク近郊にあるORタンボ国際空港の国内線ターミナルを目指した。待合室には日本人のメディア関係者のほかに、これからブルームフォンテーンに移動するイングランドサポーター、そしてわれわれと同じダーバン行きの便を待つオランダサポーターの姿が見える。翌日の日本の対戦相手であるオランダ。そのサポーターたちは、ワールドカップ(W杯)のような国際大会では、メキシコと並んでやたらと目立つ存在だ。全身をオレンジ色の衣装で身を包んだ、見上げるばかりの大男と大女。遠めから見てもすぐに分かるし、近くで見ると何とも言えぬ威圧感を覚える。「気持ちだけは負けないぞ!」と心の中で叫びながら、われわれは搭乗ゲートに向かった。

 ダーバンは、クワズール・ナタール州を代表する国内第3の都市であり、人口はおよそ350万人。ここは、尚武の民・ズールー族の王国があった地域で、今でも英語よりもズールー語の方が広く使われているという(“少年たち”を意味する南アフリカ代表の愛称“バファナ・バファナ”もズールー語である)。ヨハネスブルクからは、飛行機でおよそ1時間。車なら高速を飛ばして7時間くらい。日本でいえば東京・大阪間くらいの距離感だ。ところが空港を降り立つと、風景も気候も見事に一変する。このあたりはインド洋から暖かい風が吹き付ける亜熱帯性気候に属し、冬でも20度を下回ることはほとんどない。到着後、それまで身につけていたフリースが急に邪魔になり、今回南アにやってきて一度も発したことのなかった「暑い」という言葉が思わず口をついた。

 今回のW杯における「高地対策の重要性」については、これまでも折に触れて言及してきた。だが海抜の高低差だけでなく、気温差についても、チームのコンディション作りの上で十分に考慮されなければならない。この日の朝までいたヨハネスブルクでは、夜は0度近くまで冷え込む日が続いていた。それがいきなり20度くらい跳ね上がるのだ。日本の3倍ほどの国土を持つ南アは、その風土や気候もまた実に多様である。その多様さは、旅行者にとっては大きな魅力のひとつかもしれないが、アスリートには思わぬハードルとなりかねない。われらが日本代表にとっても、14日のブルームフォンテーンでの初戦から一転、ダーバンでの第2戦は「暑さとの戦い」となること必至であろう。

ファン・マルワイク監督と岡田監督の「舌戦」について

日本対オランダの試合が行われるダーバン・スタジアム。縦方向の巨大なアーチが特徴的だ 【宇都宮徹壱】

 この日、日本代表はベースキャンプ地であるジョージから空路で移動。本来ならば、会場のダーバン・スタジアムで前日練習を行う予定だったが、雨によるピッチコンディション悪化を考慮して、別の競技施設で軽めの調整を済ませることとなった。ただし、両チーム監督の会見はスタジアムで行われるため、私は練習取材をあきらめ、スタジアムのプレスセンターで待機することにした。

 この日の両監督の会見では、メディアが好んで飛びつきそうなエピソードがあった。最初に会見に臨んだのは、オランダ代表のファン・マルワイク監督である。この人については、昨年12月の組み合わせ抽選会で日本の岡田武史監督と談笑した上で「ところで日本の代表監督は誰だ?」とすっとんきょうなことを尋ねてきたことが報じられている。日本とオランダは、その3カ月前に親善試合で対戦しており、そこでも両者は顔を合わせていただけに、ある種の「侮辱」ととらえる報道も少なくなかった。会見でファン・マルワイクは、その件について「彼の顔を認識できなかった。だからといって尊敬していないわけではない」と語っている。つまり悪気も他意もない、ということなのだろう。確かに岡田監督の相貌は、ヨーロッパ人がイメージする「典型的な日本人像」にぴったり当てはまるので、ファン・マルワイク監督が「認識できなかった」のも、無理もない話かもしれない。

 続いて会見場に現れた岡田監督。「ファン・マルワイクを意識しているか」という外国人記者(おそらくオランダのメディア)に対して、こう答えている。
「ファン・ダイク? ごめんなさい、ファン……監督さんと僕は、これは本当に失礼ですが、名前もあまり気にしていなかったもので、それほど意識はしていません」
「ファン・ダイク(=ヴァン・ダイク)」といえば、バロック時代のフランドル出身の画家がまず想起されるが、本田圭佑がかつて所属していたVVVフェンロの監督の名前としても日本のサッカーファンには有名だ。現地在住のライター、中田徹さんによれば「オランダではよくある名前」なのだそうだ。岡田監督も「抽選会での侮辱」の意趣返しの意図はなく、やはり他意もなく混同したのだろう。それでもオランダのメディアは「自国の代表監督の名前を知らない敵将」として、この会見を国内向けに報じることが予想される。

 W杯とは、極論するならスポーツというコードにのっとった「異文化の衝突」である。当然、そこには双方のイメージギャップが存在し、お互いが90分間死力を尽くした先に、新たな相互理解が生まれる――と、私は認識している。その意味で、両監督の発言は「舌戦」のたぐいではなく、お互いのイメージギャップが根底にあったと見るべきであろう。とはいえ、そうした「あおり」が、真剣勝負を盛り上げる一要素となり得ることについては、私も否定しない。虚実入り混じった事前情報を吟味しつつ、オランダ対日本の一戦を楽しみに待つことにしようではないか。

<この項、了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント