優勝候補スペインがつまずいた理由=ピッチ内外に横たわっていた2つの罠

小澤一郎

大きすぎた期待と黒星スタートの失望

優勝候補のスペインはグループリーグ初戦でスイスに屈した 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

「初めて“優勝候補”として迎えるワールドカップ(W杯)」
 これは、16日に行われたスペイン対スイス戦当日のスペインのスポーツ紙『アス』の一面トップに掲載されていた小見出しだ。

「欧州王者」(ユーロ=欧州選手権=2008優勝)「優勝候補」「本命」の大看板を背負い、今大会最後の登場となったスペインだが、結果は周知の通り、スイスにワンチャンスをものにされて0−1で敗戦した。
 試合後、スペイン代表のビセンテ・デルボスケ監督は「(グループリーグの)残り2試合に勝たなければいけなくなったが、まだW杯が終わったわけではない」と強気なコメントを出した。だが、スペイン国内では黒星スタートに大きなショックと失望が渦巻いている。

 スペイン代表への国内での前評判、期待値がどれほど高かったかというと、前述の『アス』紙が出しているW杯のガイドブックがいい例として挙げられる。評論家・ジャーナリストら20人が行った順位予想で、何と14人がスペインの優勝を予想しているのだ。ひいき目、期待値込みとはいえ、少し度が過ぎる数字ではないか。また、スイスとの初戦に関しては『マルカ』紙が行ったアンケートで、96%がスペインの勝利を予想、うち33%が3−0でスペインの勝利を予想していた。

 この周囲の楽観・楽勝ムードが、代表チーム、選手たちの慢心につながったという見方もできるのだろうが、個人的にはその意見に反対だ。これはスペインに限ったことではないが、サッカー大国で代表にまで上り詰める選手というのは、謙虚で相手に対する敬意を払うことのできる人間が多い。勝ち気な性格でも、マイクを向けられたときには波風を立てないような優等生発言を行うのが基本中の基本。スペイン代表が現地入りしてから初戦までの記者会見や各メディアに出るインタビューなどでの選手の発言に注目していたが、スイスをなめてかかったり、楽に勝てるという雰囲気を醸し出すようなコメントは一切なかった。監督のみならず、選手から出てくる言葉はそろって「現代のサッカー、ましてやW杯のような舞台で楽に勝てる相手などいない」というものだった。

チームに慢心はなかったが……

エースストライカーのビジャはスイス戦で精彩を欠いていた 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 チームに慢心はなかったという前提をもとにスペインの敗因を分析すると、原因は大きくピッチ内外に1つずつ転がっていたように思う。もちろん、この試合を大きく決定付けたのはスイスの堅守にほかならないのだが、今回はあくまでスペイン側の視点から優勝候補のつまずきの理由を探りたい。

 まずピッチ外の原因だが、選手たちのコンディション不良が挙げられる。フェルナンド・トーレス、セスクがシーズン終盤のけがから復帰したばかりで、まだ先発フル出場できる状態ではなかった。何とかスタメンに名を連ねたとはいえ、アンドレス・イニエスタも万全ではなく、この試合では相手DFのタックルを受けて途中交代している。
 ピーキングの面でも、当然ながらスペインは決勝トーナメント以降を見据えているため、現段階で心身両面で最高の状態にはない。この日のスペインで躍動感溢れるプレーを披露したのは、前半のシルバのみ。故障明けのイニエスタの動きが快調に見えるほど、ほかの選手の動きが低調だった。特に、この日精彩を欠いていたダビド・ビジャのキレのなさは気になるところだ。

 ピッチ内では、相手にがっちり引いて守られたときに有効な攻撃戦術がないことが問題だ。この日のスイスのように、あれだけ屈強な選手たちにペナルティーエリアの手前を固められ、籠城(ろうじょう)作戦を徹底されたときには、いくらパスワークに優れたスペインといえども容易に決定機を作れない。
 前半に素早い切り替えからイニエスタ、ビジャが相手ディフェンスラインの裏に抜け出すシーンがあったが、後半はスイスが先手を取ったこともあって完全に“ドン引き”の状態で、ライン裏のスペース自体が消滅していた。

 そこで、デルボスケ監督は後半15分過ぎにトーレスとヘスス・ナバスを入れてシステムを4−1−4−1から4−4−2に変更し、サイドからの切り崩しを図った。スイスの守備戦術や陣形からして、サイドアタックに大きくかじを取ること自体は正解だったと思う。だが、いかんせんクロスの精度が悪く、トーレス以外に高さのある選手がいなかった。終盤は、右からナバスが、左からペドロが何度もクロスを上げるも、ことごとくスイスDFにはじき出された。
 結果論ではあるが、あれだけペナルティーエリア内を固められたのであれば、194センチと高さのあるフェルナンド・ジョレンテを起用しても良かった。また、単純なクロスが通用しないのであれば、サイドで起点と数的優位を作って、縦への突破や、カットインドリブルからのワンツーなどで局面打開を狙っていくべきだっただろう。

「今日はスペインの日ではなかった」

 敗戦直後から、スペインメディアは血眼になって「この敗戦をどう説明するか」というテーマで議論を行っている。中東のテレビ局アル・ジャジーラの解説者として現地入りしているルイス・アラゴネス前代表監督は、「スタートからセンターハーフを1枚削るべきだった」と、圧倒的にボール支配できた相手にブスケツ、シャビ・アロンソ、シャビの3人を並べたデル・ボスケ監督の采配(さいはい)ミスを指摘。また、16日深夜のラジオの討論番組では、あるジャーナリストから「前半のシルバの動きは良かったが、右サイドを放棄したことで完全にサイド攻撃が消滅してしまった」といった意見も出ていた。

 しかし、さまざまな批判や指摘が噴出する中、この試合の解説を担当したオサスナのホセ・アントニオ・カマーチョ監督は、「今日はスペインの日ではなかった。こういう日もある」と不安に駆られるメディアと国民のなだめ役を演じていた。
「スペインほど高いポゼッションを保ち、良いサッカーをしているチームはない。スイス戦も良いサッカーを見せてくれたし、今日は単にツイていなかっただけだ」

 依然としてリーガ・エスパニョーラの舞台で指揮を執る元代表監督からこうした言葉を聞くと、不思議と「まあ、こういう日もあるか」と思えてくる。W杯初戦でのスペインは、普段のような美しいサッカーもパスワークも見せることはできなかったが、どれだけ内容と結果が悪くとも、高いボール支配率と攻撃的な姿勢は不変だった。見るに耐えないような試合、サッカーは見せないことを再確認させてくれたのだ。

 勝ちたい、勝ってほしい――今大会のスペインに期待を寄せているのはファンやメディアだけでなく、選手たちも同じだろう。だが、もし負けたとしても記憶に残る、あるいは美しく散るサッカーを見せてくれるのではないか。「これで“優勝候補”なんて呼ばれることもなくなるはずだ」と試合後にジェラール・ピケが語ったように、この敗戦で選手が開き直るとともに、「優勝」の呪縛から開放されることを願いたい。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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