W杯のドレスコードは「面白かったよ」=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

見方は当事者か、当事者でないかで大きく変わる

ニュージーランドは終了間際にリード(左)がゴールを決め、歴史的な勝ち点1を手に入れた 【Getty Images】

 ルステンブルクの寒さと風、そして宿から160キロという距離を甘く見すぎていた。
 ニュージーランド対スロバキアを観戦して、ようやく宿に戻ったのが夜9時ごろ。テレビをつけるとブラジル対北朝鮮はまだ0−0だった。後半、マイコンがスーパーゴールをぶち込み、ブラジルが先制した。そこで記憶が途切れた。
 次に目が覚めたのが朝の3時で、テレビは延々と南アフリカのポップソングのビデオクリップを流し続けていた。
 しまった、寝落ちしてしまった。あわてて結果を見る。2−1でブラジルの勝ち。チョン・テセが男涙を流したという。日本のメディア情報を読むと、さまざまな思いが混ざっての涙だったのだろう。負けたけど、自分の力は発揮できたという。

 オランダのメディアをチェックする。「北朝鮮のストライカー、“フットボールの涙”」。こういうとき、オランダではフットボールの涙と表現するのか。いいな、この言葉。
 昨年、オランダの美容室で髪をショートにした。僕のオーダーは「チョン・テセみたいにバッサリと」。髪を切ってくれるのはサッカークラブのチームメート、ショージくんだから、「チョン・テセ」の一言で話は早い。今年に入ってからは、「全体的にチョン・テセ。今年は寅年だから、トップはタイガーのようなイメージで」とマイナーチェンジしている。
 オランダに住んでいるからあまり見ることができないものの、僕はチョン・テセのプレーと風ぼうにほれている。それだけに寝落ちが悔やまれる。

 実は、朝の出発時からつまずいていた。僕がいるミッドランドからルステンブルクまでは、本来は簡単だ。プレトリアを目指して北上し、環状道路を西へ西へと進むだけでいい。しかし念のためGPSを頼りにしてみたら、とんでもない山道に入ってしまった。おかげで大きな湖、そしてダムなど、「へぇ、南アフリカの田舎もきれいだなあ。写真を撮る時間があったらなあ」と感動もしたが、疲労も蓄積された。
 ルステンブルクに着くと風が強く、寒かった。「あっ」と車が風に流されたと思ったら、次にバチバチ音がした。はげ山からの砂が車をたたく音だった。
 スタジアムは陸上競技場だった。防風施設がない上、周りは野原で、バックスタンドにははげ山もあり、ともかく冷たい風がスタジアムを抜けていく。

 寒さに耐えながらの観戦だったが、試合終了間際のロスタイム3分にニュージーランドがまさかの同点ゴールを決めて歴史的な勝ち点1を記録し、最後に盛り上がった。スロバキアのバイス監督は、「負けに等しい引き分け」とぼうぜん。ラグビー大国ニュージーランドを率いるハーバート監督は、「国民のみんなも今晩は喜んでくれるだろう」と笑顔にあふれていた。
 しかし、試合そのものはちょっと残念な内容だったと思う。だが、これも当事者か、当事者でないかで見方が大きく変わってくるはずだ。

日本戦とニュージーランド戦は同じこと

 われわれは、日本の選手が一丸となってカメルーンを倒したとき、「よくやった!」と思ったはずだ。本田がゴールを決めてベンチへ飛び込んでいった姿、川島がシュートを止めてガッツポーズを決めた姿、タイムアップのホイッスルとともに小躍りしながらピッチに走った控えの選手たち――。今でも思い出すシーンは多いだろう。でも、外国人からすると話は別で、「ミスばかりの試合で唯一の光は本田だった」(オランダのメディア)となってしまう。僕も頭を冷やす必要がある。大会後、もう一度試合内容を精査するしなければならない。ただ、今はともかく喜んでおこう。

 このことはニュージーランド視点でも同じことだろう。GKはキックを空振りするし、風上に立つとキックがゴールラインを割り続けるし、しまいには観客も80分ごろから席を立ち始めるなど、パッとしなかったが、それでもニュージーランドの関係者やファンからすれば、ガッツを最後まで見せてくれたというわけだ。「われわれはまだ夢を持ち続けるよ」。これからのイタリア戦、パラグアイ戦に向けてハーバート監督は語った。

 2日続けてパーク・アンド・ライドを利用した。スタジアムからミニバスに乗り、駐車場へ行く。この距離、やはり約10分。プレトリアでは行きのミニバスに乗った南アフリカ人、セルビア人、日本人が意気投合し、写真をみんなで撮ってから別れようということになった。
 ルステンブルクでは僕を除いた全員がインド系だった。「今日の試合は面白かったか?」と聞かれた。つまらなかったとは答えられないので、「まあまあ、面白かったよ」と答えた。すると「えっ!? こんな面白い試合だったのに」と驚かれた。
 聞くと、彼らはルステンブルクの住民ではなく、はるばるダーバンからこの試合のためにやって来たのだ。

「ルステンブルクからヨハネスブルクまで200キロ。そこからダーバンまで500キロ。だから7時間の距離だね」と平然と答えるが、実はヨハネスブルクからダーバンの距離は大体700キロだ。
「ああ、サッカーが好きだからね。お前、プレミアシップはどこを応援しているんだ? 明日は南アフリカを応援してくれるのか?」
 こうして延々サッカー談議が始まり、10分間のバスの中で友情のようなものが生まれる。
「おれたちの写真を撮ってくれ」
 その写真をくれと、彼らは言わなかった。それはつまり、おれたちのことを忘れるなよというメッセージなのだろう。

 プレトリアと違って、ルステンブルクのパーク・アンド・ライドは大渋滞で、なかなか町から出ることができない。そして高速道路に乗っても走っては渋滞、走っては渋滞の繰り返しだった。車の運転と、寒さと風で本当に疲れた。それでも車内で思った。案外、面白い1日だったんじゃないかと。
「ハーワーユー?」と聞かれて、正直に「ベーリーバッド」と答える者はいない。ならば「面白い試合だった?」と聞かれたら、とりあえず「ああ、面白かったよ」と答えるのがワールドカップでのドレスコードかもしれない。何せ相手は、この試合だけのためにどんな距離を走って来たか分からないのだ。彼らの1試合に対する思いは重い。
「ああ、つまんない試合だったね」と正直に答えて、そこからサッカー談議に発展させるのはメディアの仲間内と、オランダリーグのときでいいだろう。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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