ドイツ、バラック不在で逆に好転=若さが魅力のチーム、その可能性は無限大

ミムラユウスケ

ケディラがもたらした新たな化学反応

若いドイツは初戦でオーストラリアに大勝。「夢のようなスタート」を切った 【ロイター】

 南アフリカのファンだけは、この日の結末を予想していたのかもしれない。

 ダーバン駅からダーバン・スタジアムへと向う列車の中、地元南アフリカのファンたちが歌い始めた。
「Today gonna be a Gerrman's night」
 2002年日韓ワールドカップ(W杯)では、電車の中で歌い騒ぐサポーターをとがめる、冷めたサラリーマンがいたが、南アフリカにはそんな人はいない。周りのファンたちも踊ったり、ブブゼラを吹いたり、手をたたいたり、列車の中で騒ぎ始めた。
「今日はドイツの夜になる」
果たして、彼らの歌っていた通り、6月13日は「ドイツの夜」となった。

 5月中旬、ミヒャエル・バラックがイングランド・FAカップ決勝で右足首を負傷し、本大会出場を断念したというニュースは世界中を駆け巡った。キャプテンを失ったドイツ代表はW杯で苦しむのではないか。それが世界のサッカーファンの反応だった。
 だが、ドイツ国内の見方は少し違う。意外なことに、ドイツ国内は期待に包まれていた。バラックの代わりにスタメンに抜てきされた、サミ・ケディラが新たな化学変化をもたらしたからだ。

 運動量が持ち味のケディラが、ピッチを縦に走ることで、中盤には動きが生まれた。ケディラがディフェンスラインの裏へ飛び出してボールを引き出す。ケディラが前線でボールを受けると、今度はトップ下のメスト・エジルや右MFのトーマス・ミュラーがケディラを追い越して、ボールを引き出していく。3月のアルゼンチン戦では足元へつけるパスばかりで、チャンスらしいチャンスさえ作れなかったドイツの攻撃に、いいテンポがもたらされるようになった。

 また、左ボランチを務めるバスティアン・シュバインシュタイガーとケディラの相性の良さも見逃せない。シュバインシュタイガーとバラックが並ぶと、足元へ送るパスばかりが目立つ。また、2人からは前線の選手を追い越すようなプレーが見られないので、中盤の運動量も乏しくなってしまう。
 だが、今は違う。シュバインシュタイガーはあまり動かずにパスを散らす。ケディラは積極的に動くことでパスコースを作り出していく。ダブルボランチの役割分担が明確になったことはプラスに作用した。シュバインシュタイガーはチャンピオンズリーグ(CL)決勝に出場したため調整が遅れていたが、W杯前最後の強化試合となったボスニア・ヘルツェゴビナ戦でケディラと組んで中盤の底に入ると、ドイツのミドルゾーンはハーモニーを奏で始めた。

 そのボスニア・ヘルツェゴビナ戦では、先制されたものの、終わってみれば3−1で勝利。とりわけ、後半に入ってからはドイツが圧倒した。結果と内容が伴った試合を見せたことで、先のアルゼンチン戦で0−1といいところなく敗れてから漂っていた悲観ムードは一蹴され、大きな期待を集めることになったのだ。

戦後のW杯を戦った歴代の代表で最も若い

 そんな中で迎えたW杯初戦のオーストラリア戦、ドイツは素晴らしいプレーを披露した。試合開始早々にCKから決定機を許したものの、それ以降はオーストラリアを圧倒。人とボールが次から次へ、前に進んでいく。ケディラが飛び出し、エジルがそれを追い越し、ミュラーがそこに絡んでいく……。

 8分にはミュラーがエジルを追い越してボールを引き出すと、この折り返しをルーカス・ポドルスキがダイレクトで押し込んで先制。26分には、フィリップ・ラームのアーリークロスにミロスラフ・クローゼが抜け出し、ヘディングでゴールを決めた。今季のブンデスリーガではクローゼが3ゴール、ポドルスキが2ゴールに終わり、彼らの起用を疑問視する声が高まっていた。だが、ドイツ代表での現役最多ゴール(49得点)を誇るクローゼと、現役選手の中で1試合あたりに決めるゴールが最も多いポドルスキは、本番でしっかりと結果を残した。これで彼らに対する批判の声もやむだろう。

 後半には、ミュラーが落ち着いて代表初ゴールを決め、クローゼに代わってピッチに入ったカカウはわずか2分でゴールを奪ってみせた。ドイツの決定機はゴールシーンを含めて12回もあった。4−0で終わったのが不思議なくらいだ。
 試合後、ポドルスキが「今日の出来に驚くことないよ。僕たちはいい準備をしてきたんだから」と語れば、シュバインシュタイガーは「素晴らしいサッカーを見せることができた」と胸を張った。

 現在の代表チームの平均年齢は24.96歳で、戦後のW杯を戦った歴代のドイツ代表で最も若い。レギュラーの中ではGKマヌエル・ノイアー、ケディラ、エジルが昨年のU−21欧州選手権で優勝した黄金世代のメンバーであり、左サイドバックのホルガー・バトシュトゥバー、ミュラーはそれよりも下の世代ながら、今季のCL決勝まで進んだバイエルンでも主力を担う選手たちだ。彼らには、確かな実力がある。

 若さが魅力のチームに足りないものがあるとすれば、代表チームでの経験と自信だ。それらは、W杯で勝つことで手に入る。だからこそ、「オーストラリアを4−0で下したことは大きな意味を持つ」とヨアヒム・レーブ監督は強調した。
「この試合で、われわれは自信を手にしたんだ!」

 W杯初戦の会心の勝利をドイツの『ビルト』紙はこんなふうに伝えた。
「W杯、夢のようなスタート」
 若くて実力を持つ選手たちが、W杯を戦う中で自信を深めていけば、チームはさらに成長することができる。彼らの実力は未知数、可能性は無限にある――。ドイツ国民が胸を躍らせる理由もまた、そこにある。

 無限の可能性を秘めたチームが作り出す夢物語に、期待は高まっている。

<了>
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著者プロフィール

金子達仁氏のホームページで募集されていた、ドイツW杯の開幕前と大会期間中にヨーロッパをキャンピングカーで周る旅の運転手に応募し、合格。帰国後に金子氏・戸塚啓氏・木崎伸也氏が取り組んだ「敗因と」(光文社刊)の制作の手伝いのかたわら、2006年ライターとして活動をスタートした。そして2009年より再びドイツへ。Twitter ID:yusukeMimura

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