決戦前夜のブルームフォンテーンにて=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月13日@ブルームフォンテーン)

宇都宮徹壱

ヨハネスブルクから陸路でブルームフォンテーンへ

カメルーン戦の会場となる、ブルームフォンテーンのフリーステート・スタジアム 【宇都宮徹壱】

 大会3日目。この日はグループCが1試合、そしてグループDが2試合、各地で行われる。とりわけ、ドイツ、セルビア、ガーナ、オーストラリアが同居する「死のグループ」Dについては、当事者ならずとも大変興味をそそられるところであろう。だが、それ以上に気になるのが、14日にブルームフォンテーンで行われる日本対カメルーン。言うまでもなく、日本のワールドカップ(W杯)初戦である。ヨハネスブルクからブルームフォンテーンまでは、車でおよそ5時間。そして日本の前日練習は15時15分から行われる。となると、移動と前日取材に丸一日をつぎ込まなければならない。そんなわけで、この日はスタジアム観戦をあきらめて、完全な移動日に充てることとなった。

 朝7時過ぎに宿泊地を出発。途中、空港で別の会場に向かう同業者を降ろしてから、一路ブルームフォンテーンに向かう。やがて高速道路に入ると、めっきり車の数は少なくなり、周囲は荒涼とした地平線と南南西にまっすぐに延びるハイウエーしか見えなくなる。とはいえ、日ごろからゴチャゴチャした街並みと高層ビルに遮られた小さな空ばかりを見ている身からすると、この「何もない真っすぐな風景」はむしろ新鮮な印象さえ感じられる。加えて、道路は滑らかだし、サインもきちんと表示されているし、日本と同じ左側通行なので、初めて南アフリカをドライブする日本人にも、さほど違和感がないのはありがたい。この日、ハンドルを握っていた女性同業者も「あまりアフリカを走行しているような気がしなかった」と笑顔で語っていた。

「やるべきことはやった」という言葉の重み

 カメルーン戦前日の日本代表の様子について、簡単にお伝えしておこう。この日はいつものように、冒頭15分のみの公開。ランニング、ストレッチ、パス回しやミニゲームが行われたところでクローズドとなった。
 遠めから双眼鏡で見る限り、当初は選手たちの表情にほとんど笑顔が見られなかったのが気になった。当然、翌日の試合への重圧によるものであろう。その後、ボールを使った練習になると、ようやく選手たちの間から声が出るようになり、表情が次第に緩んでいくのが感じられた。一部報道によれば、何人かの選手が高地トレーニングがうまくいかずに「コンディション不調」と伝えられていたが、残念ながら誰がそれに該当するのかは確認できなかった。むしろ、先のコートジボワール戦で負傷した今野泰幸が、軽快なフットワークで練習に参加していたのは救いである。

「われわれはやるべきことはやったので、ピッチの上で選手たちが持てる力すべてを出し切るようにさせてやりたい。そうすれば、必ず結果はついてくると思っています」
 前日会見で岡田武史監督は、このように言い切った。この人の言葉を聞くのは、10日前のスイス合宿取材以来である。その後、コートジボワール戦にも敗れ、南アのジョージにキャンプ地を移してからはジンバブエと緊急テストマッチを行い、その間に選手の顔ぶれとフォーメーションを大きく変えるなど、指揮官の迷いをにおわせる報道ばかりが目に付いた。ゆえに「やるべきことはやった」という言葉に、果たしてどれだけ明確なビジョンと裏付けがあるのかは非常に気になるところだ。いずれにせよ、岡田監督の2年半にわたるチーム作りの結果が、14日のカメルーン戦で明らかになることだけは間違いない。そして初戦での結果は、言うまでもなくグループリーグ突破の可能性を大きく左右する。

日本はセルビア? オーストラリア? それとも韓国?

フリーステート・スタジアムでは、決戦を前に両国の国旗が静かに風にたなびいていた 【宇都宮徹壱】

 いみじくも、この日行われたグループDでは、ガーナがセルビアに対して拮抗(きっこう)した試合をPK1本で制し、ドイツがオーストラリアの堅守を楽々と突き崩して4−0と圧勝している。敗れたセルビアとオーストラリアは、いずれも予選での実績から前評判も高かったわけだが、この結果を受けていきなり背水の陣に追い込まれることとなった。セルビアにしろオーストラリアにしろ、日本にとってはアジア予選や親善試合で煮え湯を飲まされていた相手であっただけに、今さらながらにW杯の厳しさを痛感させられる結果となった。とはいえ、12日の韓国のように幸先よく先制して勢いに乗れば、グループリーグ突破に向けて一気に視界が開ける可能性もある。

 果たして日本は、セルビアのように接戦の末に敗れるのか、それともオーストラリアのようにあっさり敗れるのか、はたまた韓国のように一気に相手を圧倒するのか――。こればかりは対戦相手の状況も混沌(こんとん)としているので、本当にフタを開けてみるまでは分からない(少なくともカメルーンのチーム状態が、ベストから程遠いことだけは間違いなさそうだ)。ここで確実に言えることは、事ここに至って小手先の選手起用やシステム変更では「もはやどうにもならない」という、厳然たる事実である。
 カメルーン戦は間違いなく、この2年半にわたる岡田政権の集大成であり、その是非が問われる一戦となる。ゆえに私たちは、しかとその行方を直視すべきであろう。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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