ブラジル、盛り上がらぬまま「エクサ」に再挑戦=強いセレソン、でも何か物足りない

大野美夏

開幕前は前回大会ほど盛り上がらず

開幕前、ロビーニョ(中央)が罰則を破ったことにドゥンガ監督(左)は激怒。指揮官の考えは徹底している 【ロイター】

 妙に静かだ。なんか、静かだ。「エクサ(6回目の優勝)」のスローガンはどこからも聞こえない。街中でも「エクサ」の文字をあまり見かけない。ワールドカップ(W杯)開幕前、サンパウロの街はそれほど盛り上がっているように見えなかった。
 これまでにW杯で5回優勝しているブラジルは、常に目標を単なる優勝ではなく、“何回目”の優勝としている。次の優勝は6回目となるため、ポルトガル語で6回目を意味する「エクサ」と呼ばれている。1994年米国大会は4回目の優勝を目指していたので「テトラ」、次は5回目を目標にして「ペンタ」と人々は叫んでいた。

 2002年日韓大会で「ペンタ」が達成され、06年ドイツ大会のときは、「最強メンバーによる最強チーム」と盛り上がり、メディアでも「エクサ」のスローガンが多く見られたものだ。それなのに、今大会はその「エクサ」が見当たらない。わたしの9歳の娘に尋ねても、「エクサなんて言葉は知らない。友達との会話でも聞いていない」と言うではないか。
 それも致し方あるまい。前回大会は国を挙げたお祭り騒ぎとなり、CBF(ブラジルサッカー協会)はおろか選手たちまでもが緊張感を欠いていた。大会が始まる前から優勝するものと高をくくっていたのだが、現実は準々決勝で敗退というふがいない結果に、国民は打ちのめされた。

 結局のところ、戦犯は特定の人物ということではなく、CBFの準備体制が間違っていたことや、選手たちがセレソン(ブラジル代表)への敬意を欠いたこと、愛国心の欠如など、技術的な問題よりも規律の乱れが大きな敗因と言われた。
 そこで「セレソンの権威を取り戻せ!」とばかりにCBFが採った解決策が、ドゥンガだったのだ。彼の選手時代のイメージは“技術よりも根性”。技術がないとは言わないが、技術以上に精神的なものを重要視することで、セレソンの権威を取り戻そうとしたのだ。

 監督就任当初、いや正確には就任3年目を迎えても批判が続いたドゥンガ体制だが、09年のコンフェデレーションズカップ優勝、W杯南米予選で1位突破を決めたころから、風当たりは幾分、和らいできた。とはいえ、国民から大きな支持を得ているかといえば、「エクサ」の盛り上がりがないことからも分かるように、そうでもないのが現状だ。

 W杯メンバー23名の発表前、国内では今シーズン大ブームを巻き起こしているサントスの2人、FWネイマールとMFガンソ(パウロ・エンヒケ・ガンソ)が入るか入らないかで大騒ぎになった。ドゥンガはかねてから、「テストした選手を起用する」と言っていたため、可能性としてはほぼ絶望的と分かっていたのだが、それでも国民は期待した。そして案の定、2人は落選した。ドゥンガのチームが最悪というわけではないが、「相手に手の内を知られていないサプライズを1人は!」という願いが届かなかったことに、落胆の声がメディアでも多く取り上げられた。

 ちなみに、『フォーリャ・デ・サンパウロ』紙の調査で、ドゥンガの支持率は、09年末の時点で64%、10年4月は57%、メンバー発表後は49%となっている。徐々に下がっているとはいえ、悪評極まりないということでもない。ポジティブにしろ、ネガティブにしろ爆発的な盛り上がりを見せぬまま、ブラジルはW杯に突入していくことになった。

規則を破ったロビーニョにドゥンガが激怒

 今回のチームには、大会の華となるようなきらびやかなスター選手がいない。正確には、なり得る選手がいても、ドゥンガ体制下ではそうさせないようになっているのだ。なぜなら、「セレソンは23人の選手、スタッフ、その他の関係者、全員が力を1つにして勝利を得るものだから」とドゥンガは説く。そのため個別にインタビューを受けることも禁止となっている。

 だが、W杯開幕の2日前、ロビーニョがブラジル最大のテレビ局、グローボの独占取材を受けたことが発覚して波紋を呼んだ。インタビューはオフの日にショッピングセンターで行われたのだが、ドゥンガはこれに激怒。規則を破った罰として、ロビーニョはチーム全員の前で謝罪することになった。このエピソードに象徴されるように、抜け駆けは一切禁止。特別扱いもなし。前大会では、スター選手たちがコマーシャルに多く登場してワクワク感を高めてくれたが、今大会はドゥンガの登場ばかりが目立つ。

 ドイツ大会でロナウジーニョがそうであったように、カカは間違いなく現セレソンで最も重要な選手のはずなのだが、ドゥンガにとってはエラーノやジウベルト・シウバこそが、絶対に外せない選手なのだという。最終メンバー発表後、ボランチよりも攻撃的MFが少ないことを危惧(きぐ)したメディアが、「もしもカカが出られなくなったらどうするのか?」と質問したところ、ドゥンガは「カカがいなくても、コパ・アメリカ(南米選手権)で優勝した。まったく問題ない」とイライラしながら答えていた。

 このチームで最もぜいたくなことは何か分かるだろうか? カカ、ロビーニョや世界最高のGKの1人でもあるジュリオ・セーザルを抱えることではない。現在、世界で5本の指に入る高給取り、バルセロナのダニエウ・アウベスをベンチ要員にしていることだ。D・アウベスにの年俸は約1000万ユーロ(約11億円)とも言われ、セレソンではカカに次ぐサラリーを受け取っている。一般的に考えれば、スタメンでなければプライドが許さないはずだ。

 それなのに、D・アウベスは「リザーブでもスタメンでも別に気にしていない。フラストレーションは全然溜まっていない。W杯に参加するという夢をかなえるんだから」と殊勝に話す。本来のポジション以外でも、チームのために、監督のためになるのなら、どこでも出場する用意はできている、というこの姿勢こそが、「ドゥンガ・ブラジル」を端的に表していると言えるだろう。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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