日本との初戦がカメルーンの未来を占う=国中から注がれる熱すぎる視線

木村かや子

0勝3分け2敗が示すもの

メディアの批判を一身に受けるルグエン。指揮官はカメルーンを上昇気流に乗せられるか 【Photo:ロイター/アフロ】

 カメルーンでは、眠れぬ夜が続いていた。目前に迫ったワールドカップ(W杯)の興奮と、疑問符の残る“不屈のライオン”(カメルーン代表の愛称)への懸念。喜びと不安が入り混じった空気は、熱いという表現では十分ではない。

 カメルーン代表の仕上がり具合は万端とは言えないが、強化試合が進むにつれ、少しずつ前進してきたようには見える。カメルーン代表監督のポール・ルグエンは、準備はほぼ整ったと言う。現地の記者たちは、いまだベストイレブン、ベストの布陣が決まっていないと怒りを見せる。そして双方の言い分に、それなりの理由があった。

 カメルーンの強化試合での成績は、5戦で0勝3分け2敗。お世辞にも好成績とは言えないものの、格下の相手ばかりを選んだフランスとは対照的に、カメルーンはイタリア、ポルトガル、セルビアなどの実力派と対戦していた。強化試合の成績自体は問題ではないとするルグエンは、「強化試合を真のテストにしたかったから、厳しい相手を選んだ。選手たちを困難の中に置きたかった。そうすることで、修正すべき欠点が見えてくるからだ。W杯前に安楽の中に座っているべきでないと思った」と説明する。

 親善試合の第1戦となった3月のイタリア戦でのカメルーンには、ディフェンスの組織力の欠如を修正しようと、かなり念入りにポジショニングに気を配っている様子が見られた。だが反面、アフリカのイメージである破壊力のある攻撃は、完全に影を潜めていた。チームの絶対的スターであるインテルのサミュエル・エトーはトップでなくウイングにつき、頻繁に守備にも戻っていた。そのせいもあってか、失点はなかったものの攻撃面ではほとんど輝くことができずにいたのである。

指揮官ルグエンへの風当たり

 しかし、エトーのウイング起用は、ルグエンの信念でもあるようなのだ。ルグエンは「いまやベテランである彼の年齢を考えれば、エトーにはサイドにつき、時たま中央に入っていく方が適している」と考えており、そればかりかエトーは今後、センターFWからウイングに転向していくことになるのでは、とさえ言っている。
 そんなわけで、現カメルーン代表でのエトーは右ウイングに入り、トップにはドイツ生まれの21歳のチュポ・モティング(ニュルンベルク)かウェボ(マジョルカ)、左サイドにはエマナ(ベティス)が入ることが多い(イタリア戦のようにエトーとエマナが左右を入れ替えたケースもあった)。

 ところが、このエマナのポジショニングについても、カメルーン記者から激しい不満の声が上がっているのだ。エマナは本来トップ下につくゲームメーカー。ウイングでの彼は加速力に乏しく、まだベストの力を発揮していない。現地記者の批判の1つには、前方へ上がるスピードがのろく、特にサイドの突破力が乏しいというものがあった。エトーを擁しながら、攻撃面の鋭い牙がない、という印象を与えているのである。

 それでもルグエンは1−1に終わったスロバキア戦(5月29日)の後、「出来には満足している。調子はうなぎ上りだ」と言い、カメルーン人記者たちは「オランダが圧勝しているときにスロバキアに1−1で、何がうなぎ上りだ」と、この言葉に強く反発した。
 ルグエンへの風当たりは、いまだかなりきつい。その第一の理由は、カメルーンのサッカー通のファンや記者たちが、「ルグエンは選手たちをふさわしいポジションにつけることができていない」と考えていることだった。さらに、選出した選手の顔ぶれ自体にも、かなり文句が出ていた。

英雄の一言で、エトーの棄権騒動がぼっ発

 ルグエンは、共に18歳のバンサン・アブバカール(5月末にコットンスポートからバランシエンヌに移籍)、ジョエル・マティプ(シャルケ04)を23人の最終招集メンバーに含めた。パリ・サンジェルマン監督時代にも若手を大勢使って物議を醸した指揮官は元来、若手を好む監督なのである。

 事あるごとに、彼らがいかに大きなポテンシャルを持った選手かを熱っぽく語っていることが示すように、明らかにこれらの若手に入れ込んでいるルグエンは、「彼らはカメルーンの未来であり、国に遺産を残すのは自分の義務の1つなのだ」とさえ言っている。しかし、彼らが本番で起用される頻度は極めて低いと見られることから、「W杯は若い選手を訓練する場所ではない。若かろうがベテランだろうが、ベストの選手を使うべきだ」という声が上がっているのだ。

 そんな国民の不満を煽るように、5月末、1990年W杯でベスト8に進出したカメルーン代表の伝説の英雄、ロジェ・ミラがフランスのテレビ番組で次のような発言をし、代表の周辺をますます不穏なものにした。
「わたしはポール・ルグエンの30人のリストに同意できない。国民は辛らつで、ルグエンの力量を信頼していない。2010年のアフリカ選手権は大きな失望だった。エトーはバルセロナとインテルに多くをもたらしたが、代表では今のところ何もやっておらず、まだ国民の期待に応えてはいない。彼はまた、ほかの選手をやや邪険に扱っている。こんなことは代表で前代未聞だ。カメルーンは、エトーの奮起を待っている」

 これにエトーが激しく反発したことは、周知の通りだ。怒り心頭に達したエトーは、「一体ミラが何をやったというんだ? 彼はW杯で優勝したわけじゃない。こんなことを言われてまで、W杯に行く価値があるのだろうか?」と威嚇。「エトーが棄権?」という仮説さえ出たのだが、その翌日に、パリでのイベントでアフリカの民のサポートの必要性と、W杯への思いを熱っぽく語っていたことから見て、単に一瞬カッとなっただけだと思われる。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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