開幕にあたっての前口上=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月10日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

ついにアフリカでW杯が開催される!

ORタンボ国際空港に降り立ったときに見つけた、ネルソン・マンデラの巨大な広告写真 【宇都宮徹壱】

 6月8日、ヨハネスブルクのORタンボ国際空港に到着。本当は早朝に到着するはずだったのが、搭乗予定の飛行機にトラブルが見つかったとかで、経由地のクアラルンプールで15時間半も足止めを食らい、現地に到着したときには、すでに時計の針は夜の9時を回っていた。急ぎ足で入国ゲートを目指すと、黄金の優勝トロフィーを抱えて破顔一笑するネルソン・マンデラの巨大な広告写真が出迎えてくれた。

 新生南アフリカ建国の父であり、アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃に尽力した不屈の人・マンデラも今年で91歳。現在は高齢のため、公式行事に姿を現すことはほとんどなくなったが、それでも11日のワールドカップ(W杯)開幕セレモニーには出席することが、FIFA(国際サッカー連盟)のジョセフ・ブラッター会長によってアナウンスされている。もし実現したならば、マンデラはどんな面持ちで、9万人もの観客、そして何十億というテレビ視聴者の前に姿を現すのだろうか。やがてイミグレーションを終えて、荷物をピックアップして入国ゲートに到着すると、さまざまなレプリカユニホームの色彩と「ブオッ! ブオッ!」というブブゼラの音色が、けたたましく耳目に飛び込んできた。

「ああ、ついにアフリカでW杯が開催されるんだ――」
 開幕を前日に控えた10日、ようやく手にしたアクレディテーションカード(取材証)を手にした私は、何とも深い感慨を覚えずにはいられなかった。今から6年前、2010年のW杯開催国に南アが決まったとき、私は(そして多くの同業者も)、どうしてもその事実を受け入れられずにいた。それまで、われわれ一般的な日本人が抱いていたアフリカへのまなざし――未開、貧困、紛争、飢饉(ききん)、不衛生、犯罪、そしてエイズ禍などなど、ネガティブなイメージばかりが先行していたこともあり、アフリカでフットボールの祭典が開催されることについては、当初はかなり懐疑的にならざるを得なかったのである。

 しかし、昨年のコンフェデレーションズカップ取材で初めて現地を訪れて以来、都合3回も南アに足を運ぶうちに私は、この国が持つ底知れぬ素晴らしさと「アフリカ」を一緒くたに語ることの愚かさを痛切に感じるようになっていた。そして南アという国を訪れるたびに、すっかり私はこの国に魅了され、2010年6月11日のW杯開幕を指折り数えながら心待ちするようになっていた。そのカウントダウンも、ついに「ゼロ」となる。

何かと「危なっかしい大会」ではあるが……

開幕前夜のサッカーシティ。南アフリカ対メキシコの試合をもって、今大会は開幕する 【宇都宮徹壱】

 とはいえ、不安がないわけではない。いやむしろ今大会は、何かと「危なっかしい大会」であることを、われわれは十二分に認識しなければならない。

 各国の取材陣が現地入りするようになってから、やたらと穏やかではない報道に接するようになった。ヨハネスブルクのショッピングセンターのトイレで、韓国人記者が首をしめられて現金を盗まれた。それなりのホテルに宿泊していたポルトガル人の記者が盗難に遭った。ケープタウンの繁華街では発砲事件もあった、などなど。入国以来、メールやツイッターでも「くれぐれもお気をつけて」というメッセージを何通も受け取っている。私自身、南アを訪れるのはこれで4回目であり、これまで犯罪に巻き込まれたことはもとより、嫌な目に遭ったことさえなかったので、どこかのほほんとしていたところもあった。しかし、やはり締めるところは締めて取材に臨む必要がありそうである。

 そもそも今大会は、過去の大会と比較して極めて特殊な大会となることが、すでに明確となっていた。それは「基本的に公共交通機関が使えない」という異常な条件に起因する。列車、バス、流しのタクシー。これらを使用することは、すなわち犯罪者と出会うリスクを増幅させることと同義である。信頼できるのは、観客であればツアーバス、メディアであればメディアバス、あるいは高い料金を払ってホテルからタクシー(現地で言うところの「ハイヤー」)を呼んでもらうか、自らレンタカーを運転するしかない。いずれにせよ、これほど移動に不自由を強いられる大会は、いまだかつてなかった。

 私の場合、今回は同業者数名とチームを組んで、レンタカーでヨハネスブルク近郊の拠点とスタジアムを往来するのだが、これまでの大会のように試合後にサポーターが大騒ぎしている街中に突撃取材するわけにはいかなくなった。これは非常に残念なことではある。しかしながら今大会に関しては、命の危険を冒すことなく、そして大切な機材を奪われることもなく、大会決勝の7月11日までセーフティーかつコンスタントにリポートを送り続けることを、まず第一に考えながら行動しなくてはならない。その点については、あらためて読者の皆さんのご了解をいただきたいところである。

 その上で、当連載「日々是世界杯2010」では、W杯史上初めてアフリカで開催される今大会を、スタジアムの内外を含めてさまざまな観点から、日々リポートしていく所存だ。テレビをご覧の皆さんも、そして勇気を振り絞って現地観戦を決意された皆さんも、どうか最後までお付き合いいただければ幸いである。そんなわけで――今大会が世界のサッカーファミリーにとって、そしてわれらが日本代表にとっても、素晴らしい充実した大会となりますように!

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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