女子短距離の福島、世界に近づける可能性

高野祐太

200メートル決勝は「走れる精神状態ではなかった」

日本選手権女子200mでは、高橋(右)に王座を譲り渡した福島(中央)。しかし、福島が世界に近づける日はそう遠くはない 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 今季初戦となった4月の織田記念陸上の女子100メートルで11秒21、5月の静岡国際の女子200メートルでは23秒の壁を軽々と乗り越える22秒89と、自身の持つ日本記録更新を連発していた福島千里(北海道ハイテクAC)。6月4〜6日に香川の丸亀陸上競技場で行われた日本選手権でも絶対的に優位と見られていた。だが、100メートルでは11秒30でライバル高橋萌木子(平成国際大)から2年ぶり2回目となるタイトルを奪取したものの、200メートルでまさかの失速。23秒57もかかって今度は高橋の後塵を拝してしまった。

 直前の練習での調子から見ても衝撃的な結果だ。本番数日前に入れた230メートルの折り返し走では、後半もスピードが落ちない力強い走りを見せ、「このつらい練習で以前より疲れなくなったのは良いことです」と笑顔を見せていた。
 それなのに、どうしてしまったのか。テレビ画面から伝わって来る普段のひょうひょうとした雰囲気からは想像しにくいが、実は福島にはとてもきまじめな面があり、それがあだになった。指導する中村宏之監督によると、周囲の期待に応えようとするあまり、200メートル決勝は走れるような精神状態ではなかったという。「100メートルで勝ったとは言え、日本記録を更新できず、おめでとうと言ってもまったくうれしそうでありませんでした。期待に応えられなかった自分を責めているんです。目を腫らしていて、200メートルは棄権させようかと思ったほどでした」

 女子短距離陣のエースとしての重圧は、織田記念や静岡国際のころから、相当のしかかっていた。
「織田のときはすごく緊張していました。やってきた練習は間違っていないとは思っても、みんなも強いし、どこまで速くなっているかとか考えちゃって。楽しみな気持ちと同時に不安でもありました。どんなに準備してもそれでも負けるときはあると思います。それでも、日本人にずっと負けていないから、負けることに対してすごく抵抗があります。受け入れられなくなっているかもしれません」
 そんな自分を追い込んでしまう苦しさが日本選手権の大舞台でピークに達してしまったのだろうか。ただ、こういう心持ちになるのは、自分の立ち位置を認識している証拠であり、精神面での成長の一端でもある。どうにか、この敗戦を次のステップにしてもらいたいものだ。高橋を指導する清田浩伸監督も「これで福島はまた強くなるでしょう。2枚看板が切磋琢磨(せっさたくま)することで、日本女子の短距離が進化できればいい」と話していた。

今季の福島はとにかく強い そのさまは「日本刀の名品」

 とにもかくにも、福島の強さがかすむことはない。2つの日本記録は、ほんの数年前の女子短距離界なら考えられなかったほどのスゴい数字。それが驚くことでなく、まったく想定内の出来事になってきている。それほど今季の福島は強い。北京五輪のあった2008年、世界選手権ベルリン大会の09年を経た、10年バージョンの姿。中村監督はシーズンインの直前に「日本刀の名品のようだよ」と、今までにない比喩(ひゆ)を口にして、福島の成長ぶりを言い表していた。

 ドスンと来る「ナタ」ではなくて、シャープで強い「日本刀」だ。その表現の要点は、第一に鍛錬された鋼のような芯の強さを細身の身体が身に付けたこと。栄養面にも気を遣い、筋力トレーニングを継続した結果2キロ増えた体は、計測値よりも見た目にこそありありと変化がうかがえる。肩甲骨周り、太もも、尻あたりにガチッとするような塊を蓄えた。その良質の筋肉はつややかに光り輝く。畑善子マネジャーは最近、トレーニングの様子を見ながら「また筋力アップしたかも」とため息をついていたものだ。
 第二に、そうした筋力強化などによって一歩ごとの力強さが増し、脚を振り込むスイングスピードの切れ味がさらに鋭くなっていること。中村監督は、「日本刀」の秀作から漂って来るすごみや緊迫感といった空気を、今季を迎える福島から受け取っていたのだ。福島自身も「今、すごく充実しているなと思います」という言葉を口にしている。
 しかも、この強さはまだまだ発展の途上にあるのであり、今、世界と戦うための次の段階の意識と走りが芽生え始めている。
 5月上旬の国際グランプリ大阪大会をきっかけに、こんなことを言った。
「北京(五輪)でもベルリン(世界選手権)でも走って来ているけど、強豪にはいつも同じ地点で離されています。(北京五輪200メートル金メダルのベロニカ・キャンベル・ブラウンに負けた)大阪グランプリでもそうだった。自分も11秒2台で走っているんだから、もっと粘れるんじゃないかって思います」

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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