太田率いる日本男子、五輪メダル候補の訳=フェンシング団体

田中夕子

高円宮牌団体戦。順位決定リーグの日本対ウクライナ戦では、淡路(写真)の活躍により最終セットで大逆転勝利を収めた 【Photo:YUTAKA/アフロスポーツ】

 フェンシング男子フルーレ団体。
 頭の片隅で構わない。耳慣れないこの競技を、今のうちから記憶しておいてほしい。
 2年後のロンドン五輪で首からメダルを下げた4人の選手の姿を見て、「知っておいてよかった」と思う瞬間が、きっと来るから。

「奇跡が起きた」日本の大逆転勝ち

 1対1で戦うフェンシングだが、団体戦は3人の選手プラスリザーブの1人、合計4人でチームを構成。3人が交代でそれぞれ3試合を戦い、先に45点を取ったチームが勝者となる。3分×3セットで15点先取の個人戦とは異なり、団体戦の場合は1セット目でどちらかが先に5点を取れば2セット目に入り、2セット目は10点、3セット目は15点、4セット目は20点というように、セットごとの上限が定められている。
 あくまでこれは「先に10点に到達したら良い」という上限であり、たとえ1セット目は0−5で落としても、負けているチームの2セット目に出てきた選手が一気に10点を取って逆転することも可能。つまり、極端な例を挙げるならば、9セット目を迎えた時点で5−40と大差で負けていたとしても、残りの3分間で40点を取れば大逆転勝ちできる。

 さすがにここまでの大逆転劇ではないが、5月14〜16日まで東京・駒沢オリンピック公園体育館で開催された「高円宮牌フェンシングワールドカップ男子フルーレグランプリ」最終日に実施された団体戦、順位決定リーグの日本対ウクライナ戦でも、こんな場面があった。
 8セットを終え、得点は日本33−40ウクライナ。最終セットで登場したのは淡路卓(日大)。2点を返した淡路に対し、ウクライナは4点を加え、35−44。あと1点、まで追い込まれた。しかしここから、日本のオレグ・マチェイチュクヘッドコーチ(HC)が「奇跡が起きた」と評したように、淡路が脅威の粘りを見せて10連続得点。44−44で3分間が終了した。その後、どちらかが1本取れば勝利する「1本勝負」を日本が制し、45−44の大逆転勝ちを収めたのだ。
 個人戦ではここまでの逆転劇は起こりにくい。相手が変わり、対戦の順番も相まって、まさかの結末に至る。これぞまさしく、団体戦の醍醐味(だいごみ)と言えるだろう。

選手層が厚い日本チーム

高円宮牌団体戦の前日に行われた個人戦で初優勝した太田を筆頭に選手層が厚いことも、日本がメダル候補に挙げられる理由の一つ 【Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ】

 ではなぜ、その団体戦で日本はメダルを取って帰ってくると言い切る根拠があるのか。
 まず、選手層が厚い。北京五輪で銀メダルを獲得し、高円宮牌個人戦でも初優勝した世界ランク3位の太田雄貴(森永製菓)を筆頭に、同じく北京五輪に出場した千田健太(ネクサス)、2008年の日本選手権王者で世界ランク34位の福田佑輔(警視庁)など経験豊富な選手に加え、08年の世界ジュニア選手権を制した淡路、高円宮牌個人戦でベスト8に入った三宅諒(慶大)など若手選手の成長も著しい。
 そして何より、日本の強さはチームワーク。個人戦での世界ランクではイタリアやフランスの方が日本よりも上回っているが、団体戦は個人技だけでは勝ち切れない。千田が「自分の力を出すだけでいい個人戦に対して、それぞれの役割がはっきりしていて、たとえ自分のスタイルとは違っても、チームのために与えられた役割を確実に果たさなければならないのが団体戦」と言うように、攻めるべき人が攻め、守るべきところは守る。役割分担を徹底しなければ、なかなか勝利にはつながらない。

 これを実践してきたのが日本だ。
 いくら大逆転勝ちも起こり得るとはいえ、リードを保ったチームが圧倒的に優位であるのは変わりない。そのため、これまでのチームでは太田、福田がポイントを稼ぎ、千田がそのリードを維持する日本のスタイルを形成。成果は顕著に表れ、07年にはワールドカップでの獲得ポイントで世界ランク1位になった。(※現在は5位)

ロンドン五輪での金メダルを目指して

 しかし、今回の高円宮牌では11位に甘んじた。
どこがメダル候補?と思う人もいるかもしれないが、これもまた、ロンドンへ向けた布石であることを知っておいてほしい。
 男子フルーレを統括するオレグHC曰く「挑戦をするためには、リスクが必要。今の時点で、順位はそれほど重要じゃない」。
 チーム力をさらに高めるためには、従来のスタイルのみならず、若手も加えたベストメンバー、ベストスタイルを作るためのチャレンジをしなければならない。そのため高円宮牌は、太田の右ひじのケガも考慮し、若手主体のメンバーで臨んだ。
「われわれのプライオリティは、ロンドン。トップに行く能力、才能があるチームだからこそ、今の時期はいろいろなメンバーを組み合わせて、安定したメンバーで臨めるように。まだまだ、トライする時間は十分にあります」

 これまでは太田や福田が務めてきたチームリーダーの責務を担った千田が言う。
「難しいポイントで雄貴がどれだけ得点してきていたのか、今までどれだけ任せっぱなしにしていたか、改めて思い知らされました。世界で結果を残せるチームになるためには、雄貴に頼るだけじゃなく、1人1人の力を上げなきゃいけないんです」
 五輪の出場権が与えられるのは、世界ランク1〜4位に各大陸王者を含めた8チームのみ。誰一人として、出場することを目標としている選手はいない。目指すのは、頂点。今はまだ、そのための準備期間に過ぎないのだ。
 くどいようだが、最後にもう一度だけ。
 フェンシング男子フルーレ団体。今から知っておいて損はない。

<了>
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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