優勝のカギを握る興南・島袋の“決定的な違い”=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

大会ナンバーワン左腕がほかの投手と異なる点

プレートの三塁側から投げ込む興南・島袋。大会ナンバーワン左腕が初優勝を狙う 【写真は共同】

 決定的な違い――。
 興南高・島袋洋奨が多くのサウスポーと異なるのはトルネードのフォームだけではない。それは、プレートを踏む位置にある。

 多くの左腕投手はプレートの一塁側を踏む。そこから投げることで、右打者の内角への球に角度をつけることができるからだ。それがストレートの場合は、通常「クロスファイヤー」と呼ばれる。鋭角に食い込んでくるため、右打者は詰まらされることが多い。一方、左打者へは外角の変化球が有効になる。特に横手投げの投手などの場合、極端にいうと背中から来るような感じになるため、腰がひけてしまう。角度を意識させ、打者の体を開きやすくさせることができる。その意味で一塁側を踏む投手が多い。

 ところが、島袋はプレートの三塁側を踏んでいる。右打者の内角への角度はなくなるが、逆にスクリューなど外角に逃げる球に角度をつけることができる。左打者には内角のストレートが有効。食い込んでくるため、容易に打ち崩すことはできない。2回戦の智弁和歌山高戦でプロ注目の好打者・西川遥輝から見逃しの三振を2つ奪ったが、決め球はいずれも内角低めへのストレートだった。

 準決勝は左打者が8人並ぶ大垣日大高戦。初回、島袋は18球中17球がストレートという大胆な配球で左打者3人を2三振とピッチャーゴロに抑えた。1番の森田将健を見逃し三振に仕留めたのも、3番の後藤健太を思い切り詰まらせたのも内角ストレートだった。
 左打者には外に広い甲子園のストライクゾーンを有効に利用。外角の球でカウントを稼ぎ、打たせながら、ここという場面で内角にズバッと投げ込む。タイミングが取りづらい上、出所が見にくい独特のフォーム。173センチながら、真上から投げ下ろすため「180センチのピッチャーと同じぐらいの角度がある」(我喜屋優監督)。なおかつ、プレートの踏む位置の違いにより、内外角の角度が通常の投手と異なる。球の切れがあるのはもちろんのこと、こういう理由があるから打ちにくいのだ。3打席14球すべてがストレートだったにもかかわらず、空振り三振2つとセンターフライに終わった2番の小島啄矢は島袋についてこのように語った。
「ストレートしか狙ってなかったんですけど……。思っていたのと違って、打席でイメージすることができなかった。準備ができませんでした。それと、手首でピッとくる感じで、伸びが違いました」
 極端な左打線ゆえ、左投手との対戦が多い大垣日大高。昨秋の東海大会は常葉橘高、中京高、中京大中京高とすべて先発左腕を攻略。今大会でも大阪桐蔭高、北照高の左腕を打ち崩している。だが、これだけ左投手の球筋を見ている大垣日大高打線でも、島袋の球筋に対応することはできなかった。
「出所は見にくいし、コントロールもいい。見た目以上に速く感じました」(6番・安藤嘉朗)
「球威もあるし、球の切れもある。タイミングも取りづらい。今まで対戦したピッチャーの中でも上位のピッチャーでした」(7番・長岡良樹)

右打者のインコースにどれだけ投げ込めるか

 中学時代は投げるコースによってプレートの一塁側、三塁側を使い分けていた島袋。そんな器用な投手が三塁側しか使わないようになったきっかけはマイナスな理由だった。島袋は足を上げる際、右足のつま先を地面に引きずるように巻き込む。そのため、一塁側を踏むとプレートにつま先がひっかかってしまうのだ。「高校に入ってから、右足を引いて上げるときに(右足の部分に)穴があくようになってしまって。一塁側だと投げにくいんです」(島袋)。現在は入学時よりも右足の巻き込みが大きくなり、右足が上がりきったときにはプレートに置いている左足がずれるほど。通常は左足の外側の面がプレートとくっつき、左足とプレート板とが平行になるのだが、島袋の場合、プレートに接しているのは左足の小指周辺だけ。かかと側とプレートは離れて、左足とプレートは斜めになっている状態だ。大会前、島袋はこんなことを言っていた。
「入学時から去年のセンバツぐらいまでは(プレートと)平行に近い状態だったんですけど……。センバツ後あたりから足の巻き自体が大きくなってしまって、軸足がずれてしまうようになりました。戻そうと意識はするんですけど、逆に違和感があるので、そのまま投げています。今のフォームになって、セットも若干投げにくくなっている感じもするので、夏までには直したい気持ちはあります」
 本人は不満があるようだったが、今のところはこれが吉と出ている。プレートとずれる分、どうしてもインステップ気味にならざるをえない。だが、これがかえって左打者への内角ストレートを投げやすくしている。このストレートがあることで、左打者がどれだけ島袋を打ちにくいか。それは、これまで4試合の数字を見れば明らかだ。

 対右打者 65打数19安打 打率2割9分2厘 16三振
 対左打者 57打数8安打 打率1割4分0厘 22三振

 裏を返せば、右打者にはクロスファイヤーの角度がなくなる分、苦手にしているということ。関西高戦では右打者相手に10打数6安打。4番・植田弘樹、5番・渡辺雄貴の中軸に限れば8打数5安打だ。智弁和歌山高戦も左打者は無安打に抑えたが、2番の岩佐戸龍に3安打、6番の宮川祐輝、7番の瀬戸佑典に2安打を許すなど、右打者には31打数10安打されている。

 決勝の相手は右打者が6人いる日大三高。6人のうち、2番の荻原辰朗、3番の平岩拓路、6番の吉沢翔吾が今大会で本塁打を記録。4番には4試合すべてで長打を放ち、18打数9安打と打率5割の猛打を誇る横尾俊健がいる。この右の強打線をストレートで抑えることは難しい。どこまでひざ元に変化球を集めることができるかがカギになる。
「ヤクルトの石川(雅規)投手は身長もないのに毎年2ケタ勝っている。それはインコースを突くボールが使えるからだと思うんです。自分もどんどんインコースを使っていきたいんですけど、まだ自信がないというか……。投げられはするんですけど、まだここというときに頼れるインコースじゃないんで。ただ、右バッターのひざ元への変化球はキャッチャーもよく言うことなんで、そこは意識しています。今のところ、ひざ元の変化球の方が自信があります」
 大会前にこう語っていた島袋。
 最後の最後で、三塁側のプレートが吉と出るか凶と出るか――。
 すべては右打者への内角球にかかっている。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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