甲子園球児に一番の考慮を……=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

雨天でも強行 プレーに大きく影響

雨でぬかるんだグラウンドで、選手たちはユニフォームのチーム名見えないほど泥だらけになった(写真は広陵高・江口) 【写真は共同】

 野球じゃない。
 そう思わずにはいられなかった。

 雨中での試合となった日大三高(東京)対広陵高(広島)の一戦。試合が大きく動いたのは8回裏だった。1点をリードされた日大三高は山崎福也の当たり損ないの打球が内野安打となり好機をつかむと、吉澤翔吾の犠打のあと、8安打2四球で10人連続出塁。5番・山崎から打者一巡後の7番・畔上翔まで、大会タイ記録となる9打数連続安打に失策が絡んで一挙10点を挙げた。「強打の日大三高打線の猛攻」といえば聞こえはいいが、やはりこの攻撃は雨を抜きには語れない。

 この回、広陵高のエース・有原航平はさかんに足場を気にしていた。特に左足の踏み出し位置を何度も確認。少しでも滑らないように穴を掘っていた。だが、186センチ、90キロと大柄で、上半身で投げるフォームの有原。いつもどおり投げるのは難しかった。
「言い訳になりますけど、あの子は力投派なので、足もとが滑って投げにくそうにしてましたね。器用な子であれば、もう少し何とかなったと思いますけど……」(中井哲之監督)
 マウンドだけではない。グラウンド状態も最悪に近かった。この影響で有原は1死一、二塁からの根岸昴平のセーフティーバントを一塁に悪送球。このあともレフトの蔵桝孝宏がヒットの打球をはじき、ファーストの丸子達也も一塁ゴロで二封を狙って悪送球した。三遊間を除いて水が浮きドロドロの状態。内野はグランドに浮いた水が光って、ボールも見にくい状況だった。
「手もとも足もとも滑りました。もっと集中して、ひとつアウトにするつもりでやればよかったです」
 有原はそう悔やんだが、6回にポケットに入れている滑り止めのロジンバッグを交換するなど、準備や対策は怠っていなかった。
 もちろん、相手も同じ条件といえばそれまで。事実、日大三高の投手・吉澤は9回に投球を3度直接バックネットに当てただけでなく、暴投で1点を献上した。ショート・荻原辰朗も8、9回に1度ずつ、ショートゴロで一塁へ悪送球している。
「ずっと(ポケットの)ロジンを触ってたんですけど……。抜けてしまいました。特に8回ぐらいからはグラウンドはドロドロで(水が浮いて)見にくかったです」(荻原)
 どう見ても、野球をやる状況ではなかった。

 もうひとつ、気になったのが審判のストライクゾーン。もともと甲子園のゾーンは地方大会より広めになっている感じを受けるが、この試合はさらに広かった。雨が強くなってくる中、何とか試合を早く進めようという意図が感じられるほど。日大三高が10点を挙げて試合がほぼ決まった9回表の広陵高の攻撃では、広めのゾーンに加えてハーフスイングの判定まで厳しくなった。先頭の丸子が空振り三振した1球は、バットを出しかけ、少し動いたという程度のスイング。記者席からも「全然振ってない」という声が上がったが、主審は迷わず空振りの判定。早く終わらせようとしているととられてもしかたがない判定だった。

 ちなみに、1回戦の智弁和歌山高(和歌山)対高岡商高(富山)戦はもっとひどい状況だった。内野は水が浮くどころか水たまりで、ナイター照明の光が水たまりに反射してまぶしいほど。グラウンドというより、田んぼで野球をやっているかのようだった。もちろん、この試合もストライクゾーンはワイド。
 その日以後の2日間が雨で中止になったように、翌日から天気が悪いことが分かっていての強行。この試合では高嶋仁監督が甲子園史上最多となる記念の59勝目をマークしたが、通路では高野連関係者が「それより、今日の収穫は3試合やれたこと」と話しているのを耳にした。本当にそう思っているのなら、考えられないことだ。

雨と日程消化 問いたい運営のあり方

 昨夏の甲子園でも高野連は高知高対如水館高の試合で大会史上初となる2試合連続雨天ノーゲームを演出している。特に2日目は試合開始前から暗く、朝8時半のプレーボール時から内野照明をつけての試合。誰もが「この状況でできるの?」と思うような状況だったが、その不安は現実になった。
 今大会でも大会4日目が2日連続中止になると、当初2日かけて行うはずだった準々決勝を「大会規定により」1日で行うように変更。かつては1日で行っていた準々決勝を2日間に分けたのは投手の連投を避けるためだったはずだが、雨が降ると大会本部は日程消化を優先した。
 144試合もあるリーグ戦のプロ野球ならまだしも、高校野球はトーナメントで一発勝負。負けたら終わりなのだ。素晴らしい水はけを誇る甲子園球場と最高の整備をしてくれる阪神園芸のグラウンドキーパーの方々という頼もしい味方がいる。

 新学期にかぶらないようにと、近年のセンバツは以前より開幕日も早くなっている。阪神タイガースの甲子園開幕戦は4月6日。準決勝を初めから中止にしていてもまだ日程に余裕があったはずだ。ちなみに、1日延びれば決勝は土曜日。ファンにとっても、そのほうがありがたい。
「試合前の天気予報では途中で雨がやむという予報だった。2試合できると判断して開催を決めました。試合が始まったら、あとは審判の判断。中断や中止はこちらでは決められません」(大会本部)
 結果的に2試合目は中止になり、土曜日に決勝戦にはなった。だが、決勝で戦う2校に休養できるチームと連戦になるチームという条件の違いをつくることになってしまった。これが試合に影響しないことを祈るしかない。

 決して批判ではない。東大に入るよりも、確率が低いといわれる甲子園出場。その夢を叶えた高校球児の気持ちを考えてほしい。雨天強行で、せっかくの好カードに文字通り水を差すことはやめてほしい。しかも、この日は4132校のうち、たった4校しか立つことのできない準決勝の舞台なのだ。2006年センバツの準決勝では、横浜高と岐阜城北高がシートノックまで行った後に中止にした例もある。チケットの払い戻しを求める観客など、さまざまな対応に追われるのは大変だろう。ただ、甲子園球児たちにとって、厳しい練習に耐え、厳しい戦いを勝ち上がってたどりついた夢の舞台。野球関係者の注目も大きく、たった1本のヒットで進路が決まる舞台でもある。甲子園での1球はただの1球ではない。人生が変わる大事な1球なのだ。悔いなくプレーできるよう、もう少し選手の気持ちや身体を考慮してあげてほしい。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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