勝敗のカギを握る目に見えない“準備力”=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

明暗を分けた帝京高と大垣日大高

エース・葛西を温存した大垣日大高だったが、阿知羅(左)が1失点完投と好投した 【写真は共同】

 日程変更――。
 大会第4日が行われるはずだった3月24、25日は連続して雨天中止。1985年以来、25年ぶりとなる2日連続の全試合中止により、大会規定で日程が変更された。大会期間を1日短縮。投手の連投を避ける目的で導入された2日間での準々決勝が、1日で行われることになったのだ。
 もともと監督にとって頭の痛い大会終盤の投手起用。それが、ますます難しくなった。特に2回戦最終日に登場した帝京高(東京)、大垣日大高(岐阜)、北照高(北海道)は決勝まで4日連続の試合となる。エースをどこでどう休ませるのか。監督の腕の見せどころだ。

 準々決勝で決断したのは過去に優勝経験のある2監督だった。
 帝京高・前田三夫監督は2試合連続完投の2年生・伊藤拓郎ではなく、エースナンバーをつけた3年生の鈴木昇太を先発に起用。
「拓郎はここで休ませなきゃいけない。(投手が)3人いるんだから、ここで上級生に頑張ってもらわないと。拓郎、拓郎ではね。『お前らの力を見せるのはここだ、何とか頑張れ』と」(前田監督)
 結果的に帝京高・鈴木は7回途中で5点を失いKO。それでも、優勝を見据えて鈴木を起用した前田監督は「悔いはない」と言い切った。事実、30日に完投した伊藤は肩にハリがあり、本人いわく「60パーセントぐらいの状態」。31日の準々決勝に勝っても、明日以降も投げられるかはわからない状況だった。
 むしろ、悔いを残したことといえば鈴木の状態。鈴木は3月16日の木更津総合高との練習試合で1イニング投げて以来15日ぶりの登板。「ゲーム感覚があいて、正直、打者相手の感覚が鈍っていました」(鈴木)。先発は3月11日の桐光学園高戦以来だった。

 東邦高を率いてセンバツを制したことのある大垣日大高・阪口慶三監督も2試合連続完投の2年生・葛西(かっさい)侑也ではなく、昨夏にエースナンバーを背負った3年生の阿知羅拓馬に先発のマウンドを託した。
「来年もある葛西の将来を考えたのがひとつ。もうひとつは、もちろん連戦になるからです」(阪口監督)
 阿知羅も16日の彦根翔陽高との練習試合(第2試合)で9回完封して以来の登板。だが、「感覚に違和感はなかった」。練習ではブルペンでの60〜80球の投球のみだが、毎回40球目あたりから打者を立たせて捕手にサインを出してもらい、試合を想定して投げていたことが功を奏し、1失点完投勝利を挙げた。
「これであさって(2日)も勝負できる。投手戦にもっていけるかもしれない」と阪口監督は決勝までも見据えたが、阿知羅の好投で最も恩恵を受けたのがエースの葛西。「ストレッチを多めにして、ハリもなかった」が、1日休養できたことは大きい。冬場の投げ込みは100球程度。これまでは2連投までの経験しかない上に、特別な連投対策をしてこなかったため不安もあったが、阿知羅が結果を残したことで精神的な負担が軽くなった。
「今までも後ろにいるとは思ってましたけど、結果を残してもらうと『すぐに代わっても大丈夫』と思える。気持ちが楽になったので、僕にとってもプラスです。連投になると気持ちが大事になる。あと2試合しかないので、経験したことのある連投ですし、阿知羅さんもいるので、全部1人で投げ切ろうと思わずやれます」(葛西)

実戦から離れている各校の控え投手たち

 複数投手で勝ち上がってきた敦賀気比高(福井)を除くこのほかの5監督は1、2回戦と同様、エースを先発に立てた。ベスト4に進出した日大三高(東京)、広陵高(広島)、興南高(沖縄)のうち、日大三高、興南高はエースが3試合連続で9回を投げきった。日大三高は10対0、興南高は5対0と点差が開いたが、最後までエースにマウンドを託した。
 日大三高・山崎福也、興南高・島袋洋奨ともに3日連続登板は未体験。そこで、この日ブルペンで投球していた控え投手陣の調整ぶりを比較してみたい。
 まず、日大三高。背番号10の熊坂貴大は15日の関東一高戦で2イニング投げて以来登板なし。練習は投球練習のみで30から60球。秋の東京都大会以来先発はない。背番号11の吉永健太朗は15日の関東一高戦(第2試合)で先発し、5イニング投げて以来登板なし。練習は投球練習のみで30から40球。2人とも練習でも打者相手に投げておらず、熊坂は「実戦から離れて投げづらいというのはあります」と若干の不安を口にした。
 次に、興南高。背番号10の砂川大樹は18日の報徳学園高戦で完封勝利を挙げて以来登板なし。ただ、練習では実戦形式の1カ所打撃でベンチ入りメンバー相手に登板。30から40球を投げている。「感覚はあるし、大丈夫です」。背番号11の川満昴弥は17日のPL学園高戦で5回1安打1失点の好投を見せて以来登板はないが、砂川同様に実戦形式の1カ所打撃でメンバー相手に投げている。

2番手投手に甲子園のマウンドを経験させた広陵高

 そして、この2校と異なる投手起用をしたのが広陵高。中京大中京高(愛知)を相手に5対0とリードした9回表、先発のエース・有原航平が1死を取ったところで、中井哲之監督は背番号10の上野健太をマウンドに送った。あえて1死から代えたのは、上野が「初登板なので1死の方が安心して投げられる」と希望したから。結果的に上野は内野安打とポテンヒット2本という不運な形で1点を失ったが、甲子園のマウンドで13球投げることができた。上野の起用について、中井監督はこう言う。
「やっぱり、マウンドに立ってるのと立ってないのとでは全然違いますからね。今日も、上野本来の半分ぐらいの力しか出てないですから」
 上野本人も甲子園初マウンドの感想をこう話した。
「ベンチで見ているのとでは全然違いました。今日投げておいてよかったです」
 上野は18日の太成学院高戦で2イニング投げて以来の登板だった。ちなみに、最後に先発したのは14日の玉野光南高戦。この試合では8イニングを投げて5失点したこともあり、上野は大会中も調整ではなく通常に近い練習を自ら課してきた。
「1日最低50球、レギュラー相手の実戦形式でも30球は投げてきました。調子が悪かったので、しっかり走って下半身を安定させることを心がけた。どんどん追い込んでいかないと、鍛えられないですし、夏もありますから。心の準備はいつでもできています」
 背番号11の川崎真は18日の太成学院高戦で1イニングを投げて以来登板がないが、上野同様レギュラー相手の実戦形式で登板。1日30から50球を投げている。「練習でも公式戦で投げているイメージをしてやっているので感覚は失われていません」。最後に先発したのは13日の廿日市西高戦。7イニングを投げた。
 また、日大三高・山崎、興南高・島袋と異なり、有原は練習試合で3日連続登板を経験済み。中井監督は「練習試合ではありますけど、公式戦とは疲れ方が全然違うのでどうですかね」と話していたが、ベスト4に残ったエースのうち唯一経験していることは大きなメリットになる。

「ここからあとは気持ちが優先する。当然、彼(島袋)は次も投げるつもりでいると思います」という興南高・我喜屋優監督の言葉を借りるまでもなく、残り2試合は体力よりも気力の勝負。エースの踏ん張りにかかっているのは間違いない。
 だが、一方でエースが窮地に立ったときに、控え投手がどこまで力を発揮できるか。この日の試合では全8チームが初回からブルペンで肩をつくらせていたが、試合中を含め、これまでの練習でどう過ごし、準備をしてきたか。目に見えない“準備力”がカギを握る。

 昨春は清峰高・今村猛(現・広島)が一人で投げ切った。昨夏は中京大中京高・森本隼平がエース・堂林翔太(同)のピンチを救った。
今春の結末はいかに――。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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