帝京高・松本に見る好プレーのつくり方=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

決して怠らないイニングごとの“準備”

盗塁のベースカバーに入る帝京高・松本(右)=26日、神戸国際大付戦 【写真は共同】

【帝京高 3−2 三重高(延長10回)】

 決してサボらない。手を抜かない。
 毎イニング、必ずくり返していた。

 野球には、1試合9イニングの攻防がある。それぞれの攻撃前には投手に投球練習の時間が与えられる。その間、内野手はファーストから転がされたゴロを捕球して送球し、外野手はキャッチボールをする。そして、投手が規定の投球数を投げ終わると、捕手は二塁へ送球するのが通例になっている。

 観客がひと息つく何気ない時間。
 選手も大半が決まりきった動作をするだけ。そんな動きは、ただ投手の投球練習が終わるまでの時間を潰しているだけのようにも感じる。
 だが、その時間を有効に使っている選手がいた。
 帝京高(東京)のショート・松本剛だ。

 松本は、捕手が二塁送球する際に、ベース上で待つのではなく、必ず守備位置からベースカバーに入ってきて捕球、タッチという流れを確認していた。しかも、イニングによって、ベースの遠くから入ったり、近くから入ったりと距離を自分で変えている。意識の高さが表れていた。
「ベースで待って捕れば簡単ですよね。送球が逸れても簡単に捕れます。でも、走ってベースに入れば、足場の確認になりますし、距離感をつかんで入れば、うまくベースをまたげるようになります。それに、感覚はグランドによっても、守る位置によっても変わります。だから回によって近めから入ったり、離れて入ったりしています」
 試合中に雨が降ってくれば、グラウンドの状態が変わる。グラウンドコンディションが良好の状態のときより、早くスタートを切らないと間に合わないかもしれない。前のイニングで二塁走者が出ていれば、走路にでこぼこができているかもしれない。それに気付けば、あらかじめ足場をならすこともできる。その確認作業でもあるのだ。
 もちろん、これ以外の意味もある。
「キャッチャーから毎回同じボールが来るわけではないですし、ベースで待って捕るなんて実戦ではありえないじゃないですか。ベースで待って捕っても意味がないと思います」
 事実、この日の捕手の送球練習でも一塁側にワンバウンドで逸れ、それを松本がすくって捕球する場面があった。常に実戦を想定していれば、実際に試合中に送球が逸れても焦らず、余裕を持ってさばくことができる。

ほとんどの選手に見られる“準備不足”

三重高にサヨナラ勝ちし、駆け出す帝京高ナイン。松本の再三の好守がその勝利を引き寄せた 【写真は共同】

 帝京高対三重高(三重)の試合では、三重高の守りでこんな場面があった。
 2回2死一塁から一塁走者の松本が盗塁を試みた。捕手・加藤匠馬は二塁へ送球するが、ショート・茂山永嗣のベースカバーが遅れた上に、送球をはじいた。さらに、盗塁した直後の1球で二塁走者の松本が二塁を大きく離塁。それを見た捕手の加藤が二塁へ送球するが、またも茂山はボールをはじいた。はじいた理由について、茂山はこう言う。
「(2回表に)1点取って油断したのがあった。盗塁はわかったけど、打ってくると思ってスタートが遅れました」
 確かにそれもあるかもしれない。だが、原因は明らか。準備不足だ。松本とは違い、茂山は捕手の二塁送球の際にすべてベース上で待って捕球していた。

 だが、これは茂山ばかりを責めるわけにはいかない。なぜなら、ほとんどの選手が茂山と同じく、ベース上で待って捕球するからだ。この日の3試合6チームのうち、離れた位置からベースカバーに走って入ったのは松本ただ一人。ほかの5校の選手は、全員がベース上で待って捕球していた。残念ながら、何も考えていない証拠といわざるをえない。事実、捕手からの送球を受ける際に考えていることを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「あまり考えていません。ただ、ボールを投げた後にピッチャーに声をかけるようにはしています」(小島啄矢=大垣日大高・岐阜)
「あまり考えていません。江村は肩がいいので受けるのは気持ちいいですね」(山口拓也=大阪桐蔭・大阪)
 山口の言葉が表すように、彼らにとってあの時間は準備ではなく、ただの捕手の送球練習、肩を見せるための時間でしかない。毎イニング行われるただの儀式にすぎないのだ。茂山同様、山口も大垣日大高戦の8回に二塁盗塁のベースカバーにやや遅れ、送球をはじく場面があった。確かに江村の送球は高かったが、はじいたのは決して送球のせいだけではない。

無駄な時間を有効な時間に変える高い意識

 1試合9イニング。しっかりやれば9回も練習ができる。10試合なら90回だ。さらに、グラウンド状態や足場の確認もできる。ときには「今日の捕手の送球は全部シュートするな」など気付くことがあるかもしれない。その機会をわざわざ放棄しているのだ。これでは、ただの無駄といわざるをえない。
 だが、松本のように、毎回意識を高く持ってやれば、逆に貴重で有効な時間に変えることができる。松本はこれを中学校時代から続けてきた。それでも、センバツ開幕直前の慶応高との練習試合で盗塁のベースカバーに入った際に相手走者と交錯。左足のすねをスパイクされ、5針縫うケガをしている。「あれ以降、この大会では特に意識してやっています」(松本)。準備に、やりすぎという言葉はないのだ。
 1回戦の神戸国際大付高(兵庫)戦の翌日に抜糸をすませたばかりの松本だが、三重高戦では好守の連発だった。一塁ベース到達4.2秒以内5人を誇る俊足ぞろいの相手にも焦ることなく、ランニングスローあり、逆シングルでの捕球あり。延長10回表、先頭打者のあわやポテンヒットかという後方へのフライも懸命に走って好捕した。こうしたファインプレーも毎イニングの準備と無関係ではない。
「一回、一回ちゃんとやるのは面倒くさくなるときもあります。でも、あれで足が動くようになるし、リズムがつくれるんです」(松本)

 何気ない時間の過ごし方。
 その積み重ねが、好プレーを生み、素晴らしい選手へと成長させる。
 無駄な時間はない。
 自分で勝手に無意味だと決めつけているだけ。
 全国の球児のみなさん、時間の使い方を大切に――。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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