福田健二、ピッチまでの長き道程
愛媛での波乱万丈の135日

故郷への帰還「ラブストーリーは突然に」

登録問題に揺れた福田だったが、第2節の草津戦ではゴールを決め、愛媛FCでのデビュー戦を飾った
登録問題に揺れた福田だったが、第2節の草津戦ではゴールを決め、愛媛FCでのデビュー戦を飾った【Photo:北村大樹/アフロスポーツ】

 2010年3月13日13時5分、正田醤油スタジアム群馬。真新しい愛媛FCのユニホームを身にまとった福田健二は、キックオフのボールをセンターサークル中央から「相手に時間を与えないために」強く味方ディフェンスラインへと返した。その軌道はまるでJリーグに戻るまでの7年間、昨年5月18日以来、約10カ月ぶりとなる公式戦、そして入団会見以来、愛媛で過ごした波乱万丈の135日をじっくりと振り返るかのように、長く、一直線に伸びていった。


「福田健二選手新加入のお知らせ」

 09年10月28日、愛媛FCから突然発表された1枚のプレスリリースは、9月に望月一仁監督からイヴィッツァ・バルバリッチ監督への電撃監督交代後も調子が上向かないチームのみならず、秋山拓巳(西条高、現阪神)、平井諒(帝京第五高、現東京ヤクルト)といった高校生両投手のドラフト指名を翌日に控えた愛媛県のスポーツ界をも揺るがすビッグニュースとなった。


 確かに、以前から佐伯真道ゼネラルマネジャー(GM)をはじめとするフロント陣からは「愛媛県新居浜市出身の選手だし、いつかは獲得したい」と福田へのラブコールを折に触れて送っていたことは承知していた。ただ、まだ32歳と海外でのキャリアを十分積める年齢、かつJリーグの登録期間(ウインドー)が締め切られているために、リーグ登録もできないこのタイミングでなぜ愛媛へ? しかし、そういった多くの疑問は10月31日に行われた入団記者会見で当人の口からすべて解き明かされることになる。


「実際、プロに入ってから愛媛でプレーすることはなかったですし、僕は小さいころに愛媛から千葉に転校しているのですが、それでも習志野高校時代に南宇和高校と対戦したときは特別な思いで戦っていましたし、愛媛FCができる前から漠然と『愛媛県にプロができないかな』とはずっと思っていました。その愛媛でプレーできることは本当に幸せです」


 家庭の事情により小学校5年で愛媛を離れ、その後は千葉でサッカーに打ち込んできた福田。だが、生まれ故郷に対する特別な感情は幼年時代のまままったく失われていなかった。そして福田は「愛媛に何をもたらしたいか?」と質問した記者に真っすぐな目でこう答えた。

「僕が愛媛から千葉に転校したとき、周りから『愛媛県ってどこ?』と言われたことがありました。ですから、僕はサッカーを通して愛媛という土地を全国に知ってもらいたいと思っています。愛媛FCが強いチームになって『愛媛ってここにあるんだ』とみんなに思ってほしい。『愛媛といえばサッカー』と言われていきたいですし、その力になれれば最高ですね」


 愛媛FCは「6月に福田が一時帰国した際、亀井文雄社長とともに本人に面会し正式に獲得オファーを出し、さらに福田がイオニコス側の重大な契約違反(FIFA=国際サッカー連盟・選手契約の選手側からの契約解除事由に相当する3カ月以上の給与未払い)によりフリーとなった情報を受け、再度代理人を通じて獲得オファーを出した」(佐伯GM)。このオファーを福田側が受ける形で、相思相愛のラブストーリーはスタートを切ったのだ。

静かに暮れた09年、本格化の10年

 かくして、福田は11月3日より愛媛のチーム練習に合流した。ただし、09年シーズンは公式戦出場がかなわないこともあり、練習試合に出場することなく「普通のコンディションに戻し、まずはけがをしないこと」と「試合を見てアジリティー(敏しょう性)の速さを感じた」日本のサッカーのペースに体を慣らす調整に終始。同時に練習を通じて他選手の特長を把握し、(これまで日本で育ったことがない)子供からは『何でこんなにみんなから、ありがとうと言われるの?』と質問攻めにあった(笑)」と、家族とともに日本文化への順応も進めつつ、心静かに09年を終えた。


 そして迎えた10年。背番号も「(06−07シーズンに39試合10得点と活躍した)ヌマンシア(スペイン2部)時代に着けて親しみがあるし、自分の番号かなと思う」24番に決まった福田はいよいよその動きを本格化させていく。

「自分の動き方を早く知ってもらって、コミュニケーションを図っていきたい」と1月15日の始動日に語った抱負を体現すべく、「福田さんからは『運べ、前を向け、隠れるな』とよく言われます。いいクロスを上げないと怒りますし、厳しさがあります」と地元・済美高卒の大卒2年目ボランチ渡邊一仁も語るように、練習中は身ぶり手ぶりを交えて自分を表現する一方、通常練習後には若手のボール回しに混ざり、「リラックスしながら練習をやらないと、試合でメリハリをつけてやれない」ことを、自らいじられ役となることで伝えていった。


 なお、福田のような練習中に積極的なコミュニケーションを取る動きは、全体的におとなしい選手が多い愛媛FCにとってこれまでほとんど見られなかった光景だ。さらに堪能なスペイン語で、現役時代にスペインリーグ経験が長いバルバリッチ監督と直接コミュニケーションを図り、選手たちに伝えるキャプテンシーもあいまって、福田健二はたちまちチームの誰からも高い信頼を得るに至った。

 2月1日、チームは移籍1年目の福田をキャプテンとする発表を行ったが、この半月に見せた彼の姿勢を見たものであれば、この異例とも思われる人事はむしろ当然の帰結であった。

寺下友徳

1971年、福井県生まれ。大学時代に観戦したJリーグ・ニコスシリーズ第15節の浦和−清水(国立)の地鳴りのように響く応援の迫力をきっかけに、フットボールに引き込まれた。ファストフード会社店舗勤務、ビルメンテナンス会社営業、コンビニエンスストア販売員など種々雑多な職歴を経ながらフットボールを深く探求するようになり、2004年から本格的な執筆活動を開始。07年2月からは関東から四国地域に居を移し、愛媛FC、高校野球など四国のスポーツシーンを追い続けている。

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