帝京高・伊藤は「150キロの呪縛」を打ち破れるか!?=センバツ直前リポート

田尻賢誉

“怪物の宿命”と戦う伊藤

150キロへの期待がかかる帝京高の伊藤 【写真提供:高校野球ドットコム】

 最速148キロ――必ずこの枕詞が先行する。
 それだけではない。この男には、さらにこの言葉がつけ加えられる。
“1年生史上最速”
 16歳で初めて148キロを投げた怪物。それが帝京高・伊藤拓郎だ。

 マスコミが注目球児を紹介するには格好の枕詞。だが、そのワンフレーズが高校生を悩ませることは少なくない。
 1年生で145キロ、2年生の早い時期に149キロを計測した雄星(花巻東高→埼玉西武)は「150キロを出さないと伸びていないと言われる」と、2年生時はスピードにこだわり、その結果、フォームを崩して春夏とも甲子園出場を逃した。
 2年生で史上初めて150キロを出した田中将大(駒大苫小牧高→東北楽天)は、3年夏の甲子園直前に重圧などから体調を崩した。さらに「150キロを出したい」とインタビューで答えたことで、香田誉士史監督(当時)から「お前一人のために甲子園に来たんじゃない。お前のスピードガン・コンテストじゃないんだ」と叱責されている。準優勝したものの、結果的に大会中に本調子に戻ることはなかった。
 高校生にとって、それだけ「150キロ」という数字は大きいものなのだ。

 ことし彼らと同じ状況、精神状態にいるのが伊藤だ。2人同様、伊藤も、150キロを期待されることについて、こう口にした。
「150を投げないと伸びていないと思われるというのはあります。取材で150、150と言われて、意識せずにはいられないんで……」
 スピードを出したいと思うのが高校生の心理。さらに、周囲からこれだけ期待されれば、そう思うのは仕方がない。
 そこでいかにスピードを捨て、勝てる投球に専念できるか。
 伊藤にスピード、コントロール、キレの3要素について、大事だと思う順に並べてもらうと、こんな答えだった。

(1)コントロール
(2)スピード
(3)キレ

 スピードを2番目にしたが、それはこんな理由からだった。
「スピードを意識すると力が入るんです。スピードを意識するとコントロールは全く考えられないタイプなんで、あくまでコースに投げるのが大事だと思います」
 だが、そのあとにこんな言葉が続いた。
「今はコントロールとスピードだけを磨いているので、キレはあまり考えていませんでした。まだ自分が思ってる最高のスピードではない。最高のスピードを出せるようになってスピードを意識してもコントロールができるくらいになったらキレを考えたい」
 ちなみに、伊藤の思う最高のスピードとは、155キロ。
 目標は、高い。

最高のスピードよりコントロールとキレを

 1年春の関東大会で衝撃の144キロデビューをしたあと、筋力トレーニングのやりすぎなどで右でん部の痛みを訴えてリタイアした。約1カ月戦列を離れ、夏の東東京大会は登板ゼロに終わった。
 その反省から、復帰後は体のケアに気を遣うようになった。それまでは帰宅後、食事して寝るだけだったが、長めに入浴したり、入浴後にストレッチを多めにしたりするようになった。
「食事とトレーニングでケガをしない体をつくる。ケガをする前と生活を意識的に変えました」
 リリーフ専門だった夏までと違い、秋からは先発を任されるようになった。東練馬シニア時代から投げ込みをほとんどせず、スタミナや連投に不安があったが、冬場は2日に1回紅白戦で登板。ほかの日もブルペン投球や遠投などで肩を休めなかった。
 上半身に頼る投球フォームも疲労を招く一因ととらえ、下半身のトレーニング、ストレッチを含め、下半身の力を上半身に伝える投球フォームにも取り組んでいる。
 フィールディングに不安は残るが、自らの課題を見つめ、投手としてステップアップしているのは間違いない。

 だからこそ――。
 伊藤にはスピードにはこだわらずに投げてほしい。最高のスピードを求める前にコントロールとキレを磨いてほしい。
 現在でも185センチ、82キロの堂々の体。同学年で最も早い4月2日生まれであることを考えれば、体の成長は誰にも負けないはず。体さえしっかりできれば、遅かれ早かれ、自然とスピードは出るのだから。
 小さくまとまる必要はない。だが、勝てる投手を目指してほしい。下位打線には力を抜いて打たせて取り、ここというピンチに速球でねじ伏せる。5試合を一人で投げ切るぐらいの気持ちで、勝てるスタイルを見つけてほしい。
「150キロの呪縛」
 ここで苦しむかもしれない。逆にあっさりと乗り越えるかもしれない。
 この壁の乗り越え方で将来の伊藤が見えてくるような気がする。
 甲子園の大舞台で、どんな方法で壁を乗り越えるのか……。
 伊藤の選択から目が離せない。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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