ウインタースポーツの明るい未来を信じて=大会総括

高野祐太

五輪全日程が終了

 今、目の前では、前日のスピードスケート女子チームパシュートで銀メダル獲得という快挙を成し遂げた田畑真紀、穂積雅子(ともにダイチ)、小平奈緒(相沢病院)が会見を開いている。緊張、思案、笑顔……。手のひらと心の中には、メダルの心地良さが広がっていることだろう。
 田畑は「いいタイムが出せるんじゃないかと思っていた1500メートルで思うような滑りができなくて、一番か分からないけどすごく悔しい思いをして。そこから最後のチームパシュートに向かうまでに気持ちの切り替えが大変で、そこで気付いたことあったんです。自分が、スケートが滑れることがこんなにうれしいことなんだってあらためて感じました」と、何かを得た喜びを語った。
 2010年バンクーバー五輪が終わりを迎えようとしている。個人的には、睡眠時間を削ってひたすら原稿を書き続ける日々は、後ろを振り返る余裕もなく、あっと言う間に過ぎて行った。

 ある新聞記者が「こうして終わってみると、何があったのか思い出せないくらいだ。夢の中にでもいたような。時間がたったら、あのとき本当に自分があそこにいたのかどうか実感が持てないんじゃないだろうか」と感慨深げに話していた。
 事故によってリュージュ選手の尊い命が失われるという悲しい出来事があった。だが、それを除けば、それだけ平穏無事な平和の祭典だったと言うこともできるのだろう。メディアセンターに入るときには、ランダムな人選で入念な荷物検査が行われ、急いでいるときに“当たり”が出ると、じだんだを踏んだりもした。会場間の移動のバスは、入場前に必ず警官のチェックを受けた(爆弾が仕込まれていたら大変だから)。だが、そうした厳重なセキュリティー体制も杞憂(きゆう)に終わった。

ウインタースポーツの危機

 カナダは良い国だ。特にバンクーバーは、世界一住みやすい都市に選ばれるほどだ。この国では、バンクーバー市のあるBC(ブリティッシュ・コロンビア)州では、任意の医療制度が整備され(お隣の米国では政権を揺るがすほどの政治問題になっているようだが)、何日かベッドを借りた日系の老夫婦によると、日本より格段に安い保険料負担で、よほどの高度医療でない限り、無料で医療サービスが受けられると言う。
「私たちがもうリタイアした年齢だから割引があるのかもしれないですけれど」
 流入組が多い土地柄で、よそ者に対する偏見が少ない。海流の影響もあって気候も温暖。だから、カナダ中から移住者もホームレスも集まって来るという。
 数年前に仕事でこの地を訪れたとき、(あれはまだ寒くない秋口だったが)確かにホームレスが多かった。印象的だったのが、その中に、若くてきれいと言ってもいい女性がみすぼらしい格好で交差点に座り込む姿を目にしたことだ。「ちゃんとした服を着せて髪も整えれば、見違えるはず。頭も良さそうだし、どんな仕事だってあるだろうに」と思った。
 そこにどんな社会的背景があるのかは知らないが(確かに物価が高いというデメリットはある)、「彼女は大学生で、社会問題の研究テーマのために、体当たり実習をしているのか」などと妄想してしまうほど、穏やかな空気が漂っていたのを思い出す。
 だが、こうした幸福感の裏で、世界のスケールでも、日本のスケールでも漠然とした心配事が忍び寄っている気もする。
 先の老婦人は「去年は例年にない大雪。私は怖くて一度も車を運転しませんでした。ところが、今年は打って変わって、この少雪と気温の高さ。変ですねー」と言っていた。
 それが、海抜0メートルに近いバンクーバーならいざ知らず、世界的スキーリゾートとして知られるウィスラーでも同じだったのには、さすがに気持ち悪さを感じた。山岳地帯なのに、毎日、空から落ちて来るのは雨なのだ。冬競技の取材で、傘が欠かせなくなるとは思わなかった。
 モーグル女子は強い雨と風の中で行われたし、ウィスラー取材でも用意していった完全装備の防寒着はまったく必要なかった。有名作家が、冬季スポーツなき世界を描いたが、早くも、その状況がちょっと現実になってしまったのだろうか。たまたま、そういう年だったのなら良いのだが。

明るい未来を

 日本は銀メダル3個、銅メダル2個を獲得した。もっと少ない可能性もあったし、トリノの金1個よりは前進したとも言えるから、メダルにこだわる向きには良かった。でも、同じアジアの韓国は14個、中国は11個で、大きく引き離されてもいる。
 総括会見では、橋本聖子団長らが、メダル5個の収穫とともに、今後の危機感と日本代表の課題を口にした。一方で、将来を担うジュニア世代の育成こそが、大事なのではないか。これまで取材を通して、そこにこそ一番の危機が存在していると思うのだ。
 札幌を例に取れば、スキージャンプ少年団の選手数はわずかに20、30人。モーグルなどはもっと少ない印象がある。とても貧弱な層が未来のスポーツシーンを担うことになってしまう。

 根底には、日本の抱える少子化や経済などの問題がある。北海道の西側の地域では、これまでは小学校でスキーを教わるのは当たり前だった。ところが最近では、体育の授業のカリキュラムからスキーが消えつつあるという。指導者不足もあるようだが、理由はそれだけではない。スキーというスポーツは安くない板、ウエアのほかに、金具、ストック、ゴーグル、帽子に手袋と、道具をそろえるのにたくさんのお金が掛かる。子どもの親から「どうせ授業でしか使わないもののためにそんな負担はしたくない」という要望が多いことが大きく作用しているようなのだ。
 また、少なくなった子供たちの中で、男の子がやる競技として、ややサッカーに偏っている感じも受ける。そんな中から、別の競技で能力を発揮しそうな人材を能動的、あるいは強制的に拾い上げる才能発掘システムを整備しなければ立ち行かなくなる時代が、もうそこまで来ているのではないか。JOCが音頭を取る、そうした「タレント発掘事業」が全国で始まっている。こんな取り組みから、物事が始まることを期待しよう。


 未来は明るいと信じたい。スピードスケート会場で、木靴を履いたオランダの楽団が奏でていた「ケセラセラ」が耳に残っている。「なるようになるさ」の楽観的な気持ちが必要だ。スピードスケートの今村俊明監督も「取れると思わなければ、メダルなんてものは取れないですよ」と言っていたっけ。
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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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