長島、「熱いレース」で獲得した銀メダル

高野祐太

所属企業はうれしい悲鳴

 日本スピードスケート陣がメダル第1号、2号をゲット! 男子500メートルで長島圭一郎が銀、加藤条治が銅で、日本電産サンキョー勢がダブルで勲章を手に入れた。
 タイムは長島が1回目35秒10、2回目34秒87で合計が1分9秒98。加藤は1回目34秒93、2回目35秒07で、合計1分10秒01。同社は、金メダルに2000万円、銀メダルに1000万円、銅メダルに600万円の報奨金を出すことを決めており、2人の活躍で総額1600万円を支出する、うれしい悲鳴を上げることになった。

 一方、代表チーム監督も務める今村俊明監督は「1回目で(3位につけた)加藤は金を狙える、(6位の)長島はメダルが行ける、と思っていた。金メダルが欲しかったので、正直なところ、残念な気持ちがある」。トリノ大会以降、チームとして予算面でも体制面でも金メダル獲得に照準を合わせた強化策を敷いてきた自負があるだけに、悔しささえにじませた。

 それでも銀メダルが決まったとき、長島の喜びようはすごかった。誰彼なくというくらいにそこらの人と抱き合い、米国チームの男性コーチにも飛び付いた。
 その後、「ゴールド」、「シルバー」、「ブロンズ」と立ち位置が分かれているミックスゾーンに姿を現し、開口一番「ここかー。昨日はあっちだったのに」と言って、前日に取材を受けた金メダル選手用の立ち位置を指さし、報道陣の笑いを誘った。

類まれな身体感覚で作り上げたフォーム

 フィギュアスケートの浅田真央(中京大)、モーグルの上村愛子(北野建設)と並んで3人だけJOCの特別強化指定に選ばれたのをきっかけに取材が殺到するようになり、抱えていた大きな重圧から解放された安堵(あんど)感もあったのだろう。口調は滑らかだった。
 長島は1回目が6位だった。20組中10組が終わった時点で行う中間製氷の際の製氷機が故障。試合再開まで1時間半以上を要したため、重要なウォームアップの調整に手間取り、いいコンディションを作ることができなかった。
「でも、みんな条件は一緒。自分の体をうまくコントロールできなかった」と言い訳しなかった。

 1回目終了時点のトップとの差は0秒24の開き。100分の8秒に5位から14位までの10人がひしめき、メダル獲得が容易ではない状況だった。それをはね退けた2回目の滑りは強烈だった。スタートから第1コーナーでリズムを作ると、バックストレートでグンと加速。第2カーブの出口からもさらに伸びるようにしてゴールを突き抜けた。
 滑り終えると、両腕を上げてガッツポーズ。まだ最終組を残し、メダルが確定した訳ではなかったが、高村洋平コーチと強くタッチし過ぎて転倒するほどだったのは、それだけ内容に手応えがあったということだろう。

 報道陣にも「自分のレースをしていて泣きそうになった。自分で感動しました」と、満面の笑みを浮かべ、「競技人生で一番いいレースだった。一番熱いレースができたかな」と振り返った。
 身長174センチ、体重70キロで、スケーターとして大きくない体格。高校2年までは大きな成績もなく、エリートではなかった長島が、世界の2番目に立った。その最大の理由は類まれな身体感覚を持ち、世界一とも言われるフォームを作り上げたことだろう。

大舞台で見せた最高の姿

 子どものころは、ひょろっとしたやせっぽちの体だったが、ただ、運動神経は抜群だった。小中とスケートと並行して取り組んだ野球では「田舎だったので上の大会には行けなかった」が、センスあふれるプレーでチームを引っ張った。体を動かすのが大好き。自宅で素振りをし過ぎて床をすり切らせ、姉からは「テレビが見られない」と、クレームが付くほど熱中した。
 面白いエピソードがある。北海道・池田高時代、あるとき授業の一環でスキー場に行った。長島はスキーの経験はあまりない。ところが、いざ始まり、しばらくすると、本職のインストラクターから見本役に抜てきされていたのだ。スケート部の野村昌男監督(当時)は「バランス感覚が優れているから、すぐに対応したのでしょう」と、そのときの驚きを思い浮かべながら語った。

「理想の滑りというものはない。そういうものを決めてしまうと、それ以上になれないから」と言う長島。今季は、世界スプリントで総合2位の昨季とも違う、別次元の動きを求めていた。10月の全日本距離別選手権のころは「わずかにずれている」と焦るような表情を見せ、年末の五輪代表選考会でもすっきりとした手応えは得られなかった。
 ところが、そのあたりは計算も入っていた。そのわずか2週間後の、500mと1000mの合計で争う世界スプリントでは総合3位。500mの2回合計ではトップのタイムをたたき出し、どうやら今季の求めた滑りが完成に近づいたような晴れがましい顔に変わっていた。
 バンクーバーで見せた、地を這(は)うように伸びて行く滑りは、まさに長島が苦しみながら探していた今季の最高の姿だった。

「おやじが『最後だから』と、めったに来ない応援に来ました。でも『最後だから』はおやじが勝手に決めていること。今後どうするかはゆっくり決める」と話すが、もっと次の勇姿が見たくなる。そんな気持ちが沸いてくる、現時点で最高の滑りだった。
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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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