傑出のプレーに人間性を磨いて帰ってきた元女王エナン=全豪テニス

内田暁

決勝で敗れたものの、ファンから最大級の祝福とエールを得た元女王エナン 【Photo:Getty Images】

「キム(・クライシュテルス)は、明るい人となりで人気者になった。ジュスティーヌ(・エナン)は、テニスの質と、勝ち続けることで支持を得た」

 人口わずか1,100万にも満たない欧州の小国から、奇跡的に同時期に生まれた2人の偉大なるテニス選手。その特性と差異を、ベルギー最大の全国紙の記者は、以上のように表した。

対照的な2人のベルギー人選手

 その言葉を裏付けるような幾つかの事象が、ここにある。

 昨年夏の全米オープン。約2年半の引退から復帰したクライシュテルスの試合は、大会開幕日初戦のセンターコートに組まれた。これはテニスの世界では、最大級の栄誉に値する。ニューヨークの青空の下、クライシュテルスの太陽のような笑顔がはじけ、観客は彼女のプレーのみならず、その表情や、試合後のユーモラスなコメントにも魅了された。

 一方、今年の全豪から復帰したエナンの試合が組まれたのは、第2コートに相当するハイセンスアリーナ。あいにくの悪天候のため、開閉式の屋根が閉ざされた薄暗いスタジアムの中、客席もややまばらなコートで、かつての女王は初戦を淡々と勝利で飾る。それはクライシュテルスへの歓待に比べると、いささか扱いが悪いと感じずには居られなかった。

高質なプレーで再びファンの心をつかんだエナン

 今大会、エナンの試合が初めてセンターコートに組まれたのは2回戦。相手は、大会優勝候補の一角にも数えられる、第5シードのエレナ・デメンティエワ(ロシア)。エナンがワイルドカード(主催者推薦)での出場のため、大会3日目にして早くも実現してしまった、決勝でも不思議でない顔合わせである。

 好ゲームへの期待感は、平日の日中にも関わらずスタジアムを埋め尽くした、1万5千人の大観衆という形で表れる。果たして試合は、見る者の予想を裏切らないどころか、その上を行く展開を見せた。
 立ち上がりの3ゲームは、すべてがジュースにもつれこむ大熱戦。エナンが最初のブレークに成功し2−1とリードを奪った時点で、すでに試合開始から29分が経過していた。通常なら、第1セットが終わっていてもおかしくない時間である。

 その競ったスコアも去ることながら、さらに特筆すべきは、内容の濃度だった。ネットのすれすれを飛び交い、コートの広角に展開されるストローク合戦。機を見てネットに詰めるエナンの勝負勘。ボレーやロブ、スライスにトップスピンと、“技の百貨店”のように飛び出す豊富なショット。そうして、2度目のマッチポイントでサーブ&ボレーをエナンが決めた瞬間、「テニスの質と勝ち続けることで支持を得た」元女王は、まさしく高質なプレーと勝利で、再びファンの心をつかんだのだった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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