柴崎岳、孤高の天才が進む未来=高校サッカー決勝

安藤隆人

敗戦の一因になってしまった柴崎

今大会の目玉選手として騒がれた柴崎(右)だが、本人はいたって冷静に自分を見つめている 【たかすつとむ】

 タイムアップの瞬間、柴崎岳はプレー中と同じ背筋をぴんと伸ばした姿勢のまま、その場に立ち尽くした。
 その目に涙はなかった。それは敗戦が決まった瞬間、頭の中にはなぜ負けたのかがはっきりと映し出されていたからだった。

 攻撃の際に柴崎が前線に残ってしまい、コンビを組む椎名伸志が広範囲をカバーしなければならず、ボランチ・碓井鉄平を中心にした山梨学院大附のスピードあるアタックに対して、2人の距離が徐々に開いてしまった。そうなるとボールを奪っても、中盤にスペースが生まれてしまい、効果的なボールが柴崎まで入らない。
「なんとかクサビを打ちたかった」と椎名が語ったように、ホットラインを形成する彼らのコンビが微妙にずれたことで、青森山田は中盤の構成力を低下させてしまった。
「7割がロングボールで中盤を省略されると厳しい」
 柴崎も唇をかんだ。しかし、この原因は自分にもあることを分かっているからこそ、彼はより冷静に、そしてしっかりとこの敗戦をかみ締めていた。

「攻撃、守備、切り替え、すべての場面で物足りなさを感じた」
 柴崎はサッカーに対して、恐ろしくストイックな男だ。今大会、もし青森山田が優勝していたら、彼の大会だったと言ってもおかしくなかったかもしれない。それほど、周りから注目され、その名をさらに全国にとどろかせた。しかし、柴崎はそういった周囲の喧騒(けんそう)を、恐ろしいまでに冷静に見つめている。なぜならば、そういった加熱する報道陣や周囲に踊らされない、確固たる信念があるからだ。

過去にとらわれず常に前のみを見つめる

 どんなときも表情を変えず、言葉少ないクールなイメージがあるが、柴崎ほどサッカーに対し深い愛情を持ち、情熱的で負けず嫌いな男はそういない。高校生にして、常にサッカーを中心に物事を考え、自分がよりステップアップしていくためには何をすべきかを真剣に考える。そこには甘えや妥協は一切ない。そして常に冷静で、周りにも目を向けて、いろんな情報を取り入れ、そこからベストな答えを自ら見つけ出そうとする。

「岳は日本を代表する選手になってほしい。その上でわたしがどうこう言うより、自分でやった中で改善点を見つけ出し、自分で克服しないといけない。彼が勝負をするためのレールはわたしが引くが、そこから先は自己発見と自己改善能力。自分に責任を持ってすべてのことにひたむきに取り組んでいくことが大事ですから」
 黒田剛監督は柴崎に対して、すぐに手を差し伸べるのではなく、自分ではい上がっていく強さを要求している。それに対し、彼は自然とそのことを理解し、自分のスタンスとして取り入れている。
「自分のプレーに納得はしていません。過去にもそういうのはありません。だからこそ、こうしてサッカーをやっているんです。常に改善点を見つけながらやっています」
 大会中、彼はこう言い切った。柴崎にはベストプレーは存在しない。常に自分のプレーは発展途上である。こういう思考回路でサッカーに打ち込めているのは、彼のパーソナリティーによるものが大きい。

 人はよく「過去を振り返るな」と言うが、柴崎はそれを地でいっている。昨日より今日、今日より明日。以前、彼はこう話している。
「過去は過去、今は今。過去に自分が話したことは、あくまでも過去の自分が話したことで、今の自分ではない」
 今、自分が話していることが、今の自分。彼の信念の奥底にある考え方が、この一言に凝縮されていた。

来年こそ優勝メンバーの一員に

柴崎(左から2番目)が見据える先は、来シーズン、そして自身の未来だ 【たかすつとむ】

 地元・野辺地町を離れ、青森山田中に入学し、中学2年生のときに全国中学サッカー大会で初出場で全国ベスト4に輝いた。中学3年生のときは全国準優勝を成し遂げただけでなく、高等部のチームでレギュラーとしてプリンスリーグ、高円宮杯全日本ユースを経験した。高校1年になるとナンバー10を背負い、チームの中心になっただけでなく、U−16日本代表(当時)でも10番を背負い、U−17アジア最終予選ベスト4入りに貢献して、世界の切符をつかんで見せた。そして今年、U−17日本代表の不動のボランチとして、世界の舞台で躍動し、高校選手権では準優勝の称号を手にした。
 まさにエリートとしての階段を着実に登っているが、柴崎の中で届かないのが“優勝”だ。
「毎回毎回、手が届かない。近いようですごく遠いもの。来年こそ優勝メンバーの一員になりたい」

 彼にはまだまだやり残したことがある。運動量のアップやシュートへの積極性など、課題は山ほどある。天才と言えど、欠点を抱えているのは間違いない。だが、大事なのはそれを本人が自覚しているかどうか。
 だが、その心配は必要ない。常に客観的に自分を見ることができ、自分を自分で試すことが出来る稀有(けう)な存在。だからこそ、今の柴崎がある。

 孤高の天才が、全国に示した存在感。優勝できなかったのはもう過去の姿。次なる未来に向かって彼はゆっくりと歩み出した。非凡な天才が真の努力をするということがどういうことか。現状に満足することなく、過去に浸ることなく前進し続けることがどういうことか。その答えはきっと彼のこれからの姿を見て分かるだろう。

<了>
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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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