高校サッカー、蔓延するロングボール戦術の是非=高校サッカー準決勝

小澤一郎

対照的な2チームの対戦だったが……

チームをけん引する山梨学院大附の主将・碓井鉄平 【鷹羽康博】

 突出した選手はいないものの豊富な運動量と組織的な守備で手堅く勝ち上がってきた矢板中央と、MF碓井鉄平を中心にした中盤の構成力でつなぐサッカーを展開する山梨学院大附の準決勝第1試合。持ち味という意味では対照的な2チームで、戦前の予想としては山梨学院大附がボールを支配し、優勢にゲームを進めるだろうというものだった。

 しかし、予想に反して試合開始から両チーム共に失点やミスを恐れロングボールを放り込む展開。その流れの中で、まずリズムを作ったのが矢板中央だった。矢板中央の高橋健二監督は試合前、「われわれは全員で組織的なサッカーを展開しよう。まずは、(相手ボールホルダーに対して)接近をして1つのボールに対してゾーンを敷いて対応。もし展開されたときには全員で連動して対応し、それでもゴール前に運ばれたときには体を張って守る」と、守備に関して段階を分けて細かな指示を出していた。
 その指示通り、矢板中央は連動性ある前線からの素早いプレスで山梨学院大附の中盤のパス回しを寸断し、ミスを誘発することに成功。山梨学院大附の横森巧監督も「うちの中盤、特に碓井が下がり過ぎてしまって前線と中盤の距離が空いてしまった。でも、修正のしようがなかったです」と矢板中央の守備には脱帽だった。

 ただし、経験豊富な横森監督も試合前に矢板中央のロングボール主体のサッカーを分析した上で、「立ち上がりに耐えることができれば、30分すぎにはチャンスがある」と選手に伝えていた。その言葉通り、前半31分に続けて山梨学院大附がビッグチャンスを作り、34分には碓井のシュートのこぼれ球をMF鈴木峻太が左足で豪快に蹴り込み先制点を奪った。
 後半も立ち上がりは矢板中央のペース。ボールを奪ってからサイドに展開し、そこからのクロスやセットプレーからチャンスを作ると、後半20分までに2枚の交代カードを切る積極策で同点を狙う。後半29分、33分にはゴール前でFW堀越龍也が決定的なシュートを打つも決めることができない。すると40分、山梨学院大附がカウンターから最後は碓井が決めてダメ押しとなる2点目。そのまま2−0で逃げ切った山梨学院大附が初出場ながら決勝進出を決めた。

「使おうとしない」バイタルエリア

初出場ながら山梨学院大附(青)は決勝進出。11日には青森山田との決戦に挑む 【鷹羽康博】

 国立競技場という大舞台の緊張やプレッシャーもあってか、この試合でも状況判断の伴わないロングボールが多かった。ロングボール自体を否定するつもりはないし、むしろ試合においては有効に使っていくべきだ。ただ、今大会を通して状況判断が全くない中でのロングボールの蹴り込みが目立っているように思う。ちまたでは、Jリーグのユースチームに優秀な選手が流れ、高校サッカーに良い選手がそろわず、どのチームのレベルも似通っているからトーナメント方式の選手権では致し方ないことだと認識されている。

 例えばこの試合も両チーム共にバイタルエリアを空ける場面が多かった。そうなる理由は2つあり、相関関係がある。まずは、両者が高い位置からのプレスとボール奪取を狙うため、攻守でダブルボランチの2人が高いポジションを取る。一方で、背後から相手DFラインの裏を目掛けてロングボールを放り込むため、守備側のDFラインはラインを下げる。守備時にボランチの中盤ブロックが上がり、DFラインが下がれば、バイタルエリアにスペースが生まれるのは必然だ。しかし、両者共にそこを使わない。
 人材難に比例してレベル低下が叫ばれる高校サッカー界の現状では、「使えない」という表現が妥当なのかもしれないが、わたしは単に「使おうとしていないだけ」だと見ている。例えば、この試合は両チーム共に2トップだったが、DFラインがボールを持つと2トップが同じ動き(サイドに流れる)をする場面が多かった。動き自体は悪くないのだが、1人がDFラインの裏を狙って相手DFラインを下げる役割を担い、もう1人がバイタルエリアに下がってボールを受けるといった駆け引き、攻撃のグループ戦術自体を教え込まれていないという印象を受けた。

 どうも現場で見ていると、「タレントがいないから」、「個々の能力が低いから」という理由で、そして選手権という負ければ終わりの大会方式のせいで、リスク回避、状況判断の伴わないロングボールが正当化されているように思う。個人的には全く逆の考えで、タレントがいないから、個々の能力が低いからこそ、きっちりと駆け引きや戦術を教え、状況判断に優れた選手とチームで勝利やゴールのパーセンテージを上げていくべきだと考えている。
 高校サッカーの監督というのは、本当に人間力のある素晴らしい人格者ばかりで、試合後の話を聞く度にサッカーや選手への情熱や愛情をひしひしと感じる。だからこそ、その一生懸命さや情熱を効率的に質の向上につなげてもらいたい。現状では、まだまだ非効率で非論理的なサッカーや戦術が多いのではないだろうか。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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