選手とともに戦う矢板中央の高橋健二監督=高校サッカー準々決勝

小澤一郎

「似ているチーム同士」の対戦

矢板中央は広島観音に逆転勝ちを収めて準決勝進出 【たかすつとむ】

 矢板中央の高橋健二監督が「似ているチーム同士」と語った準々決勝の広島観音戦。両者の特長は堅い守備と前線からのハイプレスにあった。3回戦の作陽(岡山)対矢板中央の試合と同じく、この一戦も序盤から見せ場が少なく、セットプレーからの得点で試合が決まるかのようなサッカーが繰り広げられた。

 前半はどちらかというと広島観音のペース。矢板中央の両サイドバックが“ラインをそろえる”ことに意識を置き過ぎる傾向にあったため、マッチアップする相手のサイドハーフをフリーにする場面が多く、広島観音の左MF山田帆久斗がいい状態でボールを受けることができた。その意味でも、背番号10番の左サイドバック・岡崎和也の欠場は痛かった。広島観音の畑喜美夫監督も「小林(祐輝)もよくやってくれましたが、岡崎の場合、縦にもっと速く入っていく」と攻撃の起点を作ることができる彼の不在をやんわりと嘆いていた。

 前半は広島観音がゴール前で2度の決定機を得るも決め切れず0−0で終わったが、後半に試合が動く。後半6分、左サイドからのクロスにFW山本邦彦が頭でうまく合わせて広島観音が先制。しかし、「足を使って最後まであきらめないで戦うサッカー」(高橋監督)を信条とする矢板中央は、気落ちすることなく反撃に打って出る。高橋監督の交代のタイミングも早く、失点直後にDFの選手に代えてMF島野一也を投入すると、その島野が後半16分に同点ゴールを決める。続く後半30分には、島野からのラストパスを受けたMF益子直樹が左足で豪快に決めて逆転に成功。試合はそのまま矢板中央が逃げ切り、ベスト4進出を果たした。

戦う監督、高橋健二

広島観音は山本邦彦(中央)のゴールで先制するも1−2で敗戦。広島勢2連覇の夢はついえた 【たかすつとむ】

 試合後、高橋監督は「うちの最高はベスト32だったので、ベスト16に入った時もうれしかったし、大会前はベスト8が最初の目標でした。今は、本当にうれしい気持ちでいっぱいです」と笑顔で心境を語ってくれた。試合前の広島観音の印象やゲームプランについて尋ねると、「昨日、3回戦のビデオが届きました。雑誌の紹介記事も見たりしましたが、本当に強い印象でした。ゲームプランとしては前半しっかり守って後半に勝負しようというものでした」と返ってきた。正直、相手のスカウティングやゲームプランとしては抽象的で物足りない感じを受けた。監督の人柄から判断して、選手に伝える内容とメディアに向けて話す内容を変えているとは思えないし、「この試合一番良かったことは?」という質問には「今までやってきたサッカーを全員が真面目にやり通してくれたこと」と答えるあたりからしても、高橋監督は理論派の戦術家タイプではないと思う。

 戦術やシステム論を語ることが大好きな日本サッカー界では、往々にして「良い監督=戦術家」という考えに偏りがちだが、個人的には高橋監督のようなタイプへの評価も高まる時期に来ているのではないかと思う。つまり、きっちりしたサッカー観、戦術眼をベースに置きながらも、理論に頼りすぎることなく巧みな表現や情熱、つまりハートで選手を動かす監督である。

 今大会、わたしがここまで見てきた監督の中で、高橋監督は試合中の動きが一番激しい。ベンチに座っているよりも、テクニカルエリア(ベンチ手前にあるエリア)に飛び出してジェスチャーを交えながら指示を出すことが多い。サッカーにおいては、試合が始まれば監督ができることは少ないし、バレーボールやバスケットボールのようにタイムアウトがない。基本的には戦況を見つめてハーフタイムまで待ち、そこで指示を出す。交代のカードを使うことが試合中のサッカー監督に許されるアクションだ。
 しかし、サッカーの監督はラグビーの監督と違いスタンドではなくベンチに入り、テクニカルエリアで指示を出していいことになっている。日本では意外にこの部分が重視されていないように感じる。裏を返せば、監督がピッチサイドまで出ていってジェスチャー付きで大声を張り上げることの本当の意味が認識されていないということなのかもしれない。的確な指示を与えて戦況を変えるという目的もあるだろうが、その真意とは“監督も戦っているとアピールすること”にある。スペインのサッカー関係者に日本サッカーや日本人選手の印象を聞くと、「うまいけれど喜怒哀楽の感情がプレーに出ていない」という意見がよく返ってくる。つまりは、表現力がないということだ。

「国立はわたしにとっても小さいころからのあこがれの地。選手と一緒に思い切りプレーしたい」
 国立で迎える準決勝(山梨学院大附戦)について高橋監督はこう表現した。喜怒哀楽の感情が表に出すぎる監督だけに、試合(勝利)後に報道陣に囲まれるとまだまだ言葉足らずの面は否めない。ただし、彼は試合中、選手とともに戦い、プレーしている。矢板中央がチームとして持つ勝負強さ、そして表現力は、まさにこの高橋監督そのものなのである。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント