広島観音のよっちゃんにまつわる話
<3回戦 広島観音(広島) 1−0 尚志(福島)>

EチームからAチームへ上り詰めたよっちゃん

決勝点を決めて喜ぶ広島観音の山本邦彦(中央)
決勝点を決めて喜ぶ広島観音の山本邦彦(中央)【鷹羽康博】

 2回戦の山形中央(山形)戦では23本、3回戦の尚志戦では16本ものシュートを放ちながら、広島観音は1−0の辛勝が続いている。

 メンバーの選定、ゲームプランの立て方、ミーティングを選手に任す畑喜美夫監督だが、尚志戦のハーフタイムには珍しく自らげきを飛ばし、選手にもっとファイティングスピリットを出すよう促した。後半、奮起した広島観音は50分、ボランチ柳田優介の視野の広いプレーからチャンスを作り、左サイドバック小林祐輝のクロスにFW山本邦彦がヘッドでゴールを挙げて逃げ切った。

「こういう苦しいゲームをどうにか80分コーディネートして、最後は勝ち切るというところはすごいと思います。もちろん僕は外から見えてますから、どこをどういうふうに止めればできるということができます。しかしキャプテンの柳田が的確な指示をして、相手の縦のスピードをうまくバック陣が止めた完ぺきなゲームだったと思います」と、試合後は畑監督も選手たちをほめていた。


 この日は“よっちゃん”こと、右サイドハーフの今枝義貴が不調で、46分に下岡恭祐と交代させられた。「今日は自分が何もできず悔しい。次は今回の悔しさを晴らしたい」と今枝は語った。この今枝という選手は、『広島観音サッカー部はなぜ強くなったのか』という新書で“○○ちゃん”として紹介されている。なぜ“○○ちゃん”という匿名を、ここでよっちゃんとばらすかというと、この新書の146ページ目に「今枝のあだ名は『よっちゃん』。(中略)敵の選手の軸足とワンツーしたり、『お前は敵の選手か!』と思うようなきれいなパスを相手に送ったりと、彼は時には味方、時には敵にもなる。よっちゃんが動くと何かが起こり、いつもワクワクと同時にハラハラもさせられる」とネタバレがあるからだ。

 この本は今枝も読んだという。「ネタになる選手になれて良かった。僕が入った時は一番下のカテゴリー(Eチーム)だった。でも努力をして試合に出られるようになった」。Aを頂点とするカテゴリーにはだいたい20人ずついる。つまり大げさに言えば今枝は部内で100人抜きを演じたのだ。

よっちゃんが動くと何かが起こる

「うちのモットーは“信頼ときずな”」と畑監督が話すように広島観音の選手同士の信頼は厚い
「うちのモットーは“信頼ときずな”」と畑監督が話すように広島観音の選手同士の信頼は厚い【鷹羽康博】

 この新書を書いた伊藤和之フィジカルトレーナーは「今枝は下手。どのくらい下手かというと、今大会に出ている49校のうち、レギュラーになれるのは観音だけ。県のベスト16レベルのチームの選手」と言う。ちなみに伊藤トレーナーは黄金期の東海大一のメンバーであり、全国レベルの技術を身をもって知っている。

「今枝のサッカーセンスは低い。でも何でか分からないけど本能でやっちゃう。下手だけど、チームのキーマンです。ところかまわずガーっと突っ込んでいく。そういうところの勇気はすごい。毎試合、鼻血を出している。どこでぶつけたが分かりませんが、今日も血を出していた。それぐらいチームの汗かき役。すごいですよ」

 伊藤トレーナーは今枝の得意技をいくつか披露した。

「敵とワンツーしたりとか、鼻血の処置をして、いきなりすうっとピッチに入って走ったまんまクロスに合わせてヘディングで入れる。しかも意図せずやるのが得意。これはマリーシア(試合に勝つためのずる賢さ)でもなく、本人も分かっていない。本能のままに動いちゃう。ある意味天才」


 広島観音ではメンバーを決めるのは畑監督ではなく、柳田主将を中心とする選手たち。その柳田主将は今枝をどう評するのだろうか。

「よっちゃんの基本的な技術はチームの中でも高くない。でも意外性、そして気持ちが一番出る。僕らの観音のモットーであるオフ・ザ・ピッチであったり、心を大事にしている。よっちゃんはそれを持っている。だからプレーにも最後に何かやってくれそうな意外性のあるプレーをしてくれる。そういうところを一番に観音は見ているので、よっちゃんは先発で出ることができるんじゃないか」

 相手ゴール前のDFのクリアボールにスライディングを仕掛けたり、クロスに向かってゴール前に飛び込んで、頭にボールが合わなくても味方やベンチから「よっちゃん、ナイスプレー!」と声がかかるようなプレーで、今枝はチームのムードメーカーになっている。尚志戦で明らかに不調だった今枝だったが、畑監督は「今日なんかも何にも目立たないようですが、それでもファウルをもらったりしていた」と出来が悪いなりのファイトを認めている。


 柳田主将は「よっちゃんを代えるのは非常に悩んだ」と言う。

「結局交代させたけど、よっちゃんは悪くても使いたいと思う選手。何かビッグプレーを起こす。ずっと悪くてもこぼれ球を押し込んだり、何かやらかす。それはみんな思っていること。首脳陣4人でメンバーを決めるとき、『よっちゃん、どうする?』って話しになると、『なんかやりそうやけん』とか言ってスタメンに残したりする」

畑監督「うちのモットーは“信頼ときずな”」

 逆に今回の選手権25人のメンバーから、「3〜4人のレギュラークラスの選手が漏れた」と畑監督は言う。

「チームと選手の評価基準は1番に社会性。2番目に賢さ。3番目にうまさ。4番目に速さ。5番目に強さ。いい選手とは何か、いいチームとは何か。それを子供たちと共有している。だから何となしにうまいなというのではない。今大会もうまい選手が何人も漏れている。例えば日常生活が悪い子は全員漏れてます。それぐらいうちのチームは社会性を大事にして、人間力を大事にしているんだということを柳田が全面に出しているから、柳田も大変だと思う。県大会のときは漏れた選手から柳田も泣きつかれた。それを柳田は2〜3日かけて説明し納得させた。僕ら大人が出ればもっと早く簡単なんでしょうけど、それで大きな問題になったことはない」


「僕が中3のとき、夏のインターハイで優勝した。サッカーするなら全国行って日本一を取りたかった。それで練習会に行ったらチームの雰囲気もサッカーが楽しそうで、先輩も優しくしてくれた。また県の予選で観音対(広島)皆実を見ても、観音はつなぐサッカーをしていた。見ていて面白くてあこがれて、やっぱり観音がいいと思った」とあこがれて入学したもののEチームからスタートした今枝。それでも週1回、もしくは2週に1回ある部内マッチで頻繁にカテゴリーの入れ替えを広島観音はしており、誰にでもAチームのレギュラーのチャンスはあることを今枝の例は教えてくれる。

 畑監督は言う。

「うちのモットーは“信頼ときずな”。ここ一番でいいプレーをする今枝を子供たちはみんな信頼している」

 よっちゃんは広島観音流を象徴する一人である。


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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