「月まで走る」関西大学第一、難敵・八千代に完勝=高校サッカー3回戦

平野貴也

先制点に喜ぶ関西大学第一の選手たち 【たかすつとむ】

 三が日の終わり、市原臨海競技場では地元の観衆が何度も恐怖に背筋を伸ばし、安堵(あんど)のたびに詰まった息を吐き出して上体を前へ折った。そして1−1で迎えた後半32分、会場はため息さえ聞こえない静寂に包まれた。
 前半17分に関西大学第一のMF濱野友旗が放った豪快な先制ミドル弾、同27分に八千代がエース石川誠也の同点弾につなげたナタのような切れ味のカウンター攻撃。互いが攻め合う極めてスリリングな魅惑の一戦に終止符が打たれたことを約8000人の観衆が悟った瞬間だった。
 電光掲示板には関西大学第一の勝ち越し点が記された。2−1で逃げ切った関西大学第一の佐野友章監督は「想定外」と話し、思わず笑みをこぼした。前評判、過去の実績ともに上回る八千代を相手に主導権を握り通せるとは思っていなかったという。しかし、実際には完勝だった。試合を支配し続けて、ゴールポストやバーに何度も嫌われながら攻め続け、ついに決勝点をたたき込んだ。

鹿実が地球一周なら、関大一は月まで走れ

八千代は石川誠也(写真)の同点ゴールで一時は追い付いたが、3回戦敗退に終わった 【たかすつとむ】

 勝利の鍵は自慢の走力だった。攻撃ではサイドバック、ボランチが次々と攻め上がる。そしてボールを失えばすぐに攻守を切り替え、ファーストDFがパスコースを消してプレッシャーを掛け、全体で素早く守備隊形を整える。八千代は細かいパスワークが持ち味だが、バックラインが押し上げられず、サイドハーフも高いポジションを取れずにいたため、司令塔・長澤和輝のキープ力とスルーパス、エースFW石川の突破力という個人技に頼らざるを得なくなっていた。
 八千代のGK永村達郎は「ディフェンスラインでボールを回すことができなかった。ラインと中盤でボールを出し入れしながら、中盤が前を向いてボールを持つことができず、ロングボールを蹴るしかなくなってしまった。うちのいいところをつぶされてしまった」と苦い一戦を振り返った。

 金星を挙げた紫紺のイレブンの応援スタンドには「月まで走れ! 一高サッカー部」の横断幕が掲げられている。15年ほど前から定着したこのスローガンを佐野監督は苦笑いを浮かべながら説明した。
「鹿児島実業さんが3年間で地球一周分(※約4万キロ)を走るという話があって、それならうちは月まで走ろうと。言った覚えはないんですが、結果的に僕が言ったということにされています。でも、月までは38万キロ。3年間(在学している期間)で走るとしても1日で360キロぐらいですから、無理です(笑)。まあ、部員を70人で計算して1人1日5キロですね。この時代に根性論かと言われますが、『苦しい時に頑張れ』と。そればかり言っています」

 さすがに実際の走行距離は定かではないが「3200メートルを12分間で走る」という条件をクリアできなければ、どれほど技術があってもトップチームには入れない(GKは別基準)という走力テストが行われており、入学当初はクリアできない新入生も夏を過ぎるころには設定タイムを突破し、トップチーム候補に名を連ねるという。

ハッタリとエール「大学でも競技場でも国立へ」

梅鉢貴秀(手前)の決勝ゴールで関西大学第一は勝ち越しに成功 【たかすつとむ】

 過去に出場した2大会では初戦の壁を突破できなかったが、今大会では2回戦からの出場で2勝を挙げベスト8へと躍進した。この日の勝利の立役者は、初戦の後に指揮官から呼び出され「次も出来が悪いようなら15分で交代させる」と雷を落とされた2人の2年生。先制点を決め、力不足に泣いた前日のうっぷんを晴らした濱野は「初戦はシュートを打てたけど決め切れなかった。15分で結果を出さなアカンと思ってだいぶビビってたけど、得点の場面はコースが見えたので思い切り打った。入って良かった」と胸をなでおろした。
 決勝点を決めたMF梅鉢貴秀も「昨日は勝ったけど、自分は何もできなかったので素直に喜べなかった。15分で見切られても仕方がないと思ったけど、怒ってくれるということは言葉に裏があると思って頑張った」と見事に発奮してみせた。実際、佐野監督は「選手層が厚くないから本当は変えるつもりはなくてハッタリでした」と15分宣告の真意を明かしをしたのだが、後半の走力勝負を待たずにリードを奪った先制点、80分勝負でケリをつけに来た相手に引導を渡した勝ち越し点と、2人が期待に応える形でハッタリの効果はテキメンだった。

 ちなみに、佐野監督が「勉強もよくできる」と評価する梅鉢は、母親の薫さんから面白いエールを受けたという。
「勉強の方は理系で国立大学を目指しているんですけど、母には『とにかく国立に行け、大学でも競技場でもいいから』と言われました」
 関西大学第一は、5日に市原臨海競技場で藤枝明誠(静岡)と対戦する。全国大会未勝利からの大躍進が続けば、夢の舞台「国立」の芝を踏むことになる。

<了>
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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