高校選手権、群雄割拠の時代を示すモデルゲーム=高校サッカー3回戦

小澤一郎

似たもの同士の拮抗したゲーム

作陽−矢板中央 PK戦でシュートをセーブする矢板中央GK三浦=駒場 【共同】

 突出した個はいないが、チームとしてハードワークをこなし戦術的、組織的に戦うことのできる両チーム。似たもの同士で、実力的にも互角。それゆえ、きん差の勝負となる気配は試合開始直後からあった。キックオフから展開されたサッカーは、共にディフェンスラインから長いボールを放り込み、セカンドボールを狙うローリスクかつ大味なもの。作陽は182センチのワントップ・岩崎優、矢板中央は187センチのFW中田充樹をターゲットとして蹴り込んでいったが、両チーム共に守備を最優先してダブルボランチによる中盤のブロックをしっかりと構築していたため、セカンドボールを拾って厚みのある攻撃を仕掛けるまでには至らなかった。

 前半は大きな見せ場もなく0−0に終わるが、矢板中央の高橋健二監督は「いい形で前半を終えることができた」と手応えをつかむ。一方の作陽・野村雅之監督は、「前半は全然ダメだった」と相手に合わせるようなサッカーになってしまったことを反省。両監督の感触の違いは当然選手やチームの感触の違いにつながるわけで、ハーフタイムの時点で「うちの流れ」と思っていたのは矢板中央の方だっただろう。すると後半開始直後の4分にセットプレーからMF渡辺健太が頭で合わせ矢板中央が先制。先行逃げ切りの勝利パターンを持つ矢板中央としては願ったりの展開となった。

 流れが悪い上に1点を追いかける立場となった作陽の野村監督はすぐさま選手交代のカードを切るとともに、放り込みを止めて最終ラインからつないでいくことを指示。前半と打って変わった丁寧なサッカーを表現し始めた作陽だが、矢板中央もしっかり対応する。高橋監督は、試合前から「長いボールを使ってくるサッカーをどこかで変えてくるぞ」と選手に伝えていた。つまりは、この作陽の戦術的な変化も矢板中央から言わせると「想定内」(高橋監督)。事実、作陽のつなぐサッカーに対して矢板中央は前線から連動したハイプレッシャーを掛け、前半以上に作陽を苦しめた。

 ただ、作陽も粘りを見せる。後半33分にFKからこの日トップ下に入ったFW西田勇樹が頭で合わせて同点。試合はそのまま1−1で終了し、PK戦に突入した。PK戦も80分の拮抗(きっこう)したゲームを物語るかのような内容で、両チーム共に4、5人目のキッカーが外し、7人目までもつれる展開。最後は、DF益子義崇が決め、5−4で矢板中央がベスト8進出を決めた。

群雄割拠の戦国時代になっている理由とは?

 近年の高校サッカーは、突出した個、チーム不在の群雄割拠の戦国時代といわれる。この試合は、その傾向を如実に表すモデルゲームだったのではないか。
 どういうことかというと、この舞台に出場するチームの多くはスーパーな選手はいないものの、組織的な守備や連動性あるプレッシング、ハードワークをベースにした戦術的なチームである。選手は平均的にうまいが、Jリーグクラブの下部組織に有望な人材が流れていることもあってか、特に中盤の人材不足は顕著だ。よって、ポゼッションサッカーや中盤の構成力を使ってゲームコントロールしていくようなチームは少ない。
 どんな指導者であれ、チームであれ、後方から丁寧につないで前線までボールを運ぶサッカーは魅力的であり一つの理想ともいえる。しかし、個の力もチームの総合力も拮抗しており、相手は80分間ハードワークをこなせる戦術、体力を身に付けている。そうした中で、似たもの同士の対決、しかもノックアウト方式の一発勝負となれば後方からロングボールを放り込むこの試合の前半のような展開になるのは自然な流れだ。

 そうした展開で勝負を分けるのがセットプレーで、事実この試合の2得点はいずれもセットプレーから。1人で局面を打開できる個がおらず、逆にどのチームもチャレンジ&カバー、グループで囲い込む守備戦術が徹底されており、流れの中で崩して得点することが非常に難しくなっている印象だ。戦術レベル同様、セットプレーの精度は年々上がっていると感じるし、小粒な印象の選手でもプレースキッカーになると、とても精度の高いボールを蹴る。今後の選手権、そして高校サッカーにおいては相手の高度な守備戦術やハイプレスをかわすために後方から長いボールを入れていくサッカーを選択するチーム、そしてセットプレーの重要度が急激に増していくような気がする。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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