八千代、復活を遂げたエース石川誠也とともに=高校サッカー1回戦

鈴木潤

石川の鮮やかなハットトリック

1回戦でハットトリックの偉業を達成した八千代の石川(中央) 【岩本勝暁】

 中津工・中津東の守備網をかいくぐる八千代イレブンのプレーひとつひとつに、スタンドからは歓声や拍手が沸き起こった。テンポの良い鮮やかなパスワークには、時に感嘆のため息すら漏れる。オレンジ軍団が繰り出すパス&ムーブは、フクダ電子アリーナに詰めかけた8658人の観衆を魅了した。砂金伸監督自身が「(選手権で3位になった)3年前のチームと比べても、総合力では同じぐらいの力」と自負するだけあって、堅守を武器とする中津工・中津東をまったく寄せ付けず一蹴(いっしゅう)したのである。

 キックオフ直後は、中津工・中津東が、夏の奈良でつかんだ「インターハイ8強」という自信をみなぎらせながら前へ前へと仕掛ける。ところが開始からわずか4分、中津工・中津東の出はなをくじくかのように、クリアボールを拾ったFW石川誠也は、GKとの1対1を冷静に制して先制ゴールを沈めた。2点目は司令塔でキャプテンの長澤和輝の蹴った精度の高いセットプレーから、山本恭平の強烈なヘッドがポストをたたき、そのセカンドボールを黒氏啓介がネットに押し込んだ。
 後半開始早々、右サイドバックの中谷幸葉とFW大和久弘樹による2年生コンビのパスワークで3−0とし、迎えた46分には再び石川がゴール前のこぼれ球を詰めて4点差とリードを広げる。圧巻だったのは70分、長澤と石川が披露した2人の連係による崩しだ。長澤の縦パスを受けた石川があっさり前を向くと、ボールをキープした後にスペースへ走り込んだ長澤へリターンパス。バイタルエリアの狭いゾーン内で、石川と長澤の流れるような3本のパス交換は、中津工・中津東の守備網を完全に切り崩し、最後は石川がハットトリックとなる3ゴール目を挙げて5−0とした。
 背番号10を背負うオレンジ軍団のエースストライカーは、チームが放った総シュート数22本のうち、前半4本、後半6本、1人で計10本のシュートを放った。ゴール前での際どいシュート場面が多々あり、3点どころか、もう1、2点決めていてもおかしくはなかった。

 従来持つ石川のストライカーとしてのポテンシャルを考えれば、全国大会でのハットトリックというパフォーマンスも決して驚くことではないのかもしれない。中学時代に所属したFCクラッキス松戸では、中学3年時にフットサルの全国大会に出場して見事に優勝を成し遂げている。つまり、敵陣深く、相手のプレッシャーが厳しいバイタルエリア内で石川が見せる巧みなボールの持ち出し方や、くるりと体を入れ替えるような鮮やかなターンは、フットサルによって養われたと言われれば十分に納得がいくだろう。
 3年前の高校選手権で、米倉恒貴(ジェフ千葉)と山崎亮平(ジュビロ磐田)を擁するフレキシブルなパスアタックを展開する八千代サッカーを目の当たりにし、中でも同じストライカーの山崎にあこがれ、同校の門戸をたたいた。昨年の高校2年時には、八千代のエースストライカーの称号を手にした。

けがの影響で悩まされた千葉県予選

FWの大和久(手前)も1得点。5得点を挙げた八千代の攻撃は観客を魅了した 【岩本勝暁】

 中学時代に続き、高校選手権でも華々しい全国デビューを飾った石川だが、実は千葉県予選の直前に行った大学生との練習試合で右足首をねんざしたため、そのけがの影響によりつい先日まで調子を大きく落としていた。けが自体は県予選準々決勝の前に癒え、戦列には復帰した。だが、右足にギプスを巻いていたことにより、右足の筋肉が劇的にそげ落ちていた。明らかなコンディション不良で、砂金監督はエースをベンチスタートさせざるを得なかった。

 長澤を起点とした八千代らしい多彩でフレキシブルなパスワークは、県予選においても対戦相手を凌駕(りょうが)し、数多くのチャンスを作り出した。ただ、その決定的なチャンスで確実に決めるべきエースが調子を落としていたために、どうしても八千代が波に乗り切れない部分はあった。
 事実、県予選の決勝トーナメント以降4試合で石川が挙げた得点はわずか1点のみ。たしかに準々決勝の千葉敬愛戦でマーカー3人を引き連れたパワフルなドリブルや、準決勝の流通経済大学柏戦での、長澤のスルーパスに反応してたたき出した先制弾など、時折その片鱗を垣間見せるプレーはあったものの、「あのころはまだ筋肉的に回復していなかった」と当時を回顧する石川の言葉通り、全体を通せば本調子からは程遠い出来に終始。したがって八千代は、流通経済大学柏のような全国クラスの強豪校との対戦のみならず、千葉敬愛戦でも大苦戦を強いられた。
 県予選決勝、習志野戦でのスコアレスでPK戦にまでもつれ込んだ100分間の激闘も、相手の堅い守りに封じられたというよりは、石川をはじめ幾度となく訪れた決定的なチャンスを逸し続けたゆえに呼び込んでしまった苦戦という見方の方が強い。

 それだけに、全国大会での石川のド派手なハットトリックと、それに呼応する八千代の大勝劇は、悩まされ続けてきた足首のけがという呪縛からようやく解き放たれたエースストライカーの完全復活を意味している。
 試合後、そんなチームメートの大活躍について報道陣から質問を受けた長澤は、不振を抜け出したエースの復調にホッとしたのか、「調子が良さそうですね」と答え、安堵(あんど)の表情にも似た笑みを浮かべていた。
 当の石川本人は3得点を振り返り、「運が良かっただけ」「ボールが自分の前にこぼれてきた」と謙虚な姿勢を貫いたが、1回戦で見せたような反転の切れ味やこぼれ球への反応の速さ、前を向いて積極的にシュートまで持ち込む場面などは、1カ月前のエンジンのかかり切らなかったプレーとは明らかに異なるものだ。おそらく彼自身も現在の調子の良さを感じているに違いない。

 しかし、そんな殊勲のプレーの中にも課題がなかったわけではない。ハットトリックというまぶしい冠に隠されて思わず見落としがちになるが、砂金監督は「ストライカーだから強引に狙うのは良いこと」としながらも、「ただ、味方にパスを出せば1点という場面でもシュートを打つときがあった。これから勝ち上がっていき、確実に勝つために石川にはそういったところでの的確な判断が求められる」と冷静に分析した。

2回戦の旭川実戦では大型センターバックと激突

旭川実のDF村田(右)。2回戦の勝敗の行方は? 【岩本勝暁】

 フクダ電子アリーナでの第2試合は、八千代同様、旭川実(北海道)の攻撃陣が爆発。南風原(沖縄)との南北対決を制して2回戦で八千代と対峙(たいじ)することになった。この旭川実は、188センチの内田錬平、183センチの村田賢吾という大型センターバックをそろえ、攻撃よりもむしろ守備面に関してストロングポイントを持つチームである。
 旭川実はインターハイ1回戦で前橋育英(群馬)と対戦した際に、序盤に先制点を挙げながらも、前橋育英の攻撃力の前に守備が決壊。結果的には1−3のという2点差の敗戦だったが、「何もさせてもらえなかった」と内田自身が振り返るように、完敗だった。そして彼らはその敗戦で守備の大切さと1失点の重みを痛感。それを契機に夏以降は守備面を見直し、空中戦や1対1を中心に、徹底的にトレーニングを積んでディフェンス力に磨きをかけてきた。八千代のストライカー石川のハットトリックを耳にしても、内田は物おじした様子は微塵(みじん)も見せず、それどころか全国レベルのFWとの対戦を「楽しみです」と、さらりと言い放った。
 1月2日の市原臨海競技場では、けがから復調を果たしたストライカーと、夏の敗戦を機に守備力を向上させた大型センターバックが激突する。八千代と旭川実業の一戦は激戦必至だ。

<了>
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著者プロフィール

1972年生まれ、千葉県出身。会社員を経て02年にフリーランスへ転身。03年から柏レイソルの取材を始め、現在はクラブ公式の刊行物を執筆する傍ら、各サッカー媒体にも寄稿中。また、14年から自身の責任編集によるウェブマガジン『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、日々の取材で得た情報を発信している。

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