15歳、高木美帆の快走劇=スピードスケート新時代の到来

高野祐太

年齢制限もクリアするめぐり合わせ

五輪代表の座をつかんだ15歳の高木美帆 【写真は共同】

 中学3年生のニューヒロインの登場にわき立つ年末の3日間だった。12月28日から30日まで長野市エムウエーブで行われたスピードスケートのバンクーバー五輪代表選考会。15歳の高木美帆(北海道・札内中)が、初日の3000メートルで3位に入ると、第2日の1000メートルも3位、最終日の1500メートルは優勝を果たし、日本スピードスケート史上最年少で五輪代表入りを決めてしまったのだ。種目は1000メートルと1500メートルに加え、チームパシュートのメンバーにも抜てきされた点が、日本スケート連盟の評価の大きさを示している。

 5月22日生まれの高木は、7月1日以降に15歳になる選手は五輪に出場できないという国際スケート連盟の年齢制限もクリアした。前回のトリノ五輪のときにフィギュアスケートの浅田真央(中京大)がこれに引っかかって涙を飲んでいるのに比べれば、幸運なことと言える。高木の才能を知るある関係者は「こういう巡り合わせで出場権を奪われないのも、持って生まれた何かがある証拠だろうね」と脱帽していた。

 高木の才能は小、中学校時代から着実に育まれる。均整の取れた体型に、ポッと出た陸上競技の全道大会800メートルをハイレベルのタイムで優勝してしまうような優れたスピード持久力を備え、何より滑らかな重心移動で的確に氷をとらえるセンスを、中学1年で既ににおわせていた。
 最大のポイントは、短距離から長距離まですべてを高いレベルでこなすオールラウンダーであったこと。スケートをいかに滑らせるかが重要なこの競技では、その本質をつかんだ真の強者は距離を問わず速い。キュートなビジュアルに負けん気をうかがわせる凛々しさを併せ持っていて、「大きく飛躍する余地大だし、アスリートとして魅力的だ」と見ていたが、昨季も世界ジュニア選手権で総合4位に入り、今季も順調に成長していたから五輪出場の可能性はあると思われた。10月頭の時点で、本人と、指導する桜井知克士監督の双方に五輪をターゲットにする意識は明確だった。

 ところが、10月下旬に今大会と同じエムウエーブで行われた全日本距離別選手権では、1500メートルが2分2秒97の11位で、3000メートルが4分20秒23の12位。やはり中学生にはまだ無理かと見方の修正を余儀なくされていた、その2カ月後の“事件”だった。

橋本聖子会長も絶賛

 まず、初日の女子3000メートルでいきなり快挙を引き寄せた。3組スタートの高木は、1年先輩のライバルで昨季はW杯前半戦にも出場を果たしている同走の高山梨沙(駒大苫小牧高)を大きく引き離す。4分13秒90のフィニッシュタイムは、全日本距離別のときから6秒以上もタイムを伸ばした。
 続く4組、5組と並み居るシニア勢がこのタイムに届かない。7組の第一人者、穂積雅子(ダイチ)と最終8組の石沢志穂(岸本医科学研究所)の二人だけが上回ると、報道陣でごった返すミックスゾーンはどよめいた。代表権を既に持つ穂積を除くと2番目の成績に「中学生が来ちゃったよ」と。
 こうなると、一気に勢いが付く。第2日の1000メートルも絶妙の角度の安定したフォームからコーナーで加速した高木は、代表内定組の吉井小百合(日本電産サンキョー)と小平奈緒(相沢病院)に続き、1分17秒77でゴール。五輪参加標準記録の1分18秒50を大きく上回り、代表権者以外のトップ順位で代表から漏れる理由はなくなった。
 さらに最終日の1500メートルでは、才能あふれる15歳の出現に脅威を感じたシニア勢が、軒並みハイペースで押して持たなくなる現象が起きた。ベテランの田畑真紀(ダイチ)も2周目を29秒04の速さで通過したが、最終周は33秒60まで落ちていた。
 今大会で高木が見せた非凡さの1つは、周回ごとのラップタイムの安定ぶりにあった。3000メートルは最終周以外を33秒台以内で回り続け、1000メートルは最終周が出場選手中で唯一30秒を切る29秒98。1500メートルは同走の吉井小百合(日本電産サンキョー)が先行するだろうとの読みからスロー気味にスタートしたが、2周目と3周目は30秒台をキープし、最終周も出場選手中でダントツの31秒40だった。周回ごとにラップタイムが落ちていくことが普通のスピードスケートにあって、これは大きな特徴だ。

 高木の活躍を関係者はこぞって絶賛した。橋本聖子日本スケート連盟会長は「1500メートルでは選手はもがき苦しむ。それなのにしっかりと滑り切ったということは、相当の筋持久力を持っているということでしょう。最終的に種目は絞るにしても、選択のキャパシティーが広いことは財産」とコメント。11月下旬の真駒内選抜で「スケートに乗っていくセンスが抜群。だが、バンクーバーはさすがに難しい」と話していた鈴木恵一日本スケート連盟強化部長も「恐ろしい選手だ。完ぺきに基準をクリアした」とうなった。また、1000メートルで高木の次の4位だった岡崎朋美(富士急)は23歳年下の中学生の躍進に「お母さんは負けました(笑)。私の15歳の時とは比べものにならない。コーナーのスケーティングが、滑らせて前進していく感じ」と、頼もしい後輩にエールを送った。

「美帆は神の子」という監督の言葉

 それにしても、全日本距離別選手権からわずか2カ月間での急成長には目を見張る。1000メートルと1500メートルの従来の自己記録は、カルガリーで09年3月に出した1分19秒03と1分59秒82。国内リンクより2秒以上速いと言われる高速リンクの記録をいずれも軽々と上回った。実力がいよいよ姿を現したとも言える快走劇だった。
 新時代の到来を目の当たりにした今、思い出されるのは、今年1月の全道中学選手権のときに、指導する桜井監督の口から漏れ出た「美帆は神の子ですよ」という言葉だ。一瞬、ドキッとさせられる表現だったが、競技者としてだけでなく、1人の中学生として、どこを取ってもスゴイ、という感動を素直に言い表したのがこの言葉だった。何しろ、一流のスケートだけでなく、サッカーが女子15歳以下の代表合宿に呼ばれるほどの実力を持ち、学校の成績はオール5。さらには、男子と一緒のサッカーの部活で男子が高木を頼って来るというように、友だちから慕われ、大人からかわいがられる人望の厚さを持っている。人間性においても“オールラウンダー”の高木の将来は無限に広がる。
 そのために、15歳で五輪を経験できることの意味は計り知れない。一方で、バンクーバー五輪出場のため、全国中学は出場を取りやめることになってしまった。高山というライバルの存在や転倒のアクシデントがあって、まだ優勝していない中学生の祭典を無冠のままに卒業することは運命のいたずらだろうか。

<了>
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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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