オランダ1級指導者が分析する高校サッカー
高校選手権地区予選、帝京(黄色)対成立学園(青)の試合はPK戦の末、帝京が全国の切符を手にした 【平野貴也】
分析を担当するのは、2005年に日本人初のオランダサッカー協会公認1級&UEFA(欧州サッカー連盟)公認A級指導ライセンスを取得した林雅人氏。今回はゲーム分析のサンプルとして、11月28日に行われた高校サッカー選手権地区大会・東京A決勝の帝京対成立学園(0−0、PK戦で帝京が勝利)を観戦し、話を聞いた。
サッカースタイルが選手の成長曲線を決める
「システムは、帝京が1−4−4−2のボックス。対する成立学園も同様に1−4−4−2のボックス。戦術ボード上に並べると分かりますが、このシステムのかみ合わせでキーポイントとなるのは、お互いの両サイドバックと両ボランチがフリーになりやすいことです。ここに重点を置きながらゲームを見ると、内容が理解しやすくなります。まずは帝京についてですが、ほとんど放り込むだけのサッカーで、考えて判断する戦術要素を放棄していたので、ゲーム分析としてはそれほど言及することはありません。ただ、技術やフィジカルといった個人の力が優れていたことは挙げておくべきでしょう。
それに対する成立学園は、パスによるビルドアップを試みていたので、より将来性を感じるチームでした。ただし、前述したようなシステムのかみ合わせによって空いてくるボランチのスペースを使えなかったのが大きな欠点と言えます。ここをビルドアップのクッションとして経由し、サイドチェンジを使えば、効果的に攻撃を組み立てることができるからです。ところが帝京の両サイドハーフが高い位置から4バックにもプレスをかけてきたことで、成立学園DFはプレッシャーを受けて縦方向しか視野を確保できなくなり、フリーなボランチにボールを渡せなかった。結果的にパスワークが縦ばかりの一方通行になり、帝京のロングボール戦法とあまり変わらなくなってしまう時間帯が多かったのが反省点でしょう。
また、仮にボランチにボールが渡せなくても、相手が前線からプレスをかけてくる瞬間は中盤が薄くなるので、こちらが味方FWに対してクサビのパスをつけるチャンスでもあります。しかし、このタイミングに対して、成立学園のFWは多くの時間帯で鈍感でした。動きが少なかった。打開策はいろいろ考えられますが、その状況判断が成立学園にはありませんでした」
成立学園が効果的なサイドチェンジを使えたのは、この試合でわずか2、3回程度。可能性は見せてくれたものの、GK→DF→MF→FWとつないでいくビルドアップの過程において、まだ2歩目あたりでつまずいている段階であり、それがキック&ラッシュの帝京に敗れる大きな原因となった。この両チームのサッカースタイルの違いがもたらす影響について、林氏は次のように語る。
「帝京のサッカーはひたすらシンプルにプレッシング、跳ね返す、放り込むという、状況判断を伴わない一連の流れに従うものでした。一方、成立学園のサッカーは、つたない部分が多いとはいえ、選手に戦術的な状況判断を要求するものです。このスタイルの違いは、選手の成長曲線の型に大きく表れます(グラフ参照)。
状況判断を伴わないサッカースタイルによる、選手の成長曲線 【出典:林雅人監修本『オランダに学ぶ サッカー戦術練習メニュー120』】
状況判断が要求されるサッカースタイルによる、選手の成長曲線 【出典:林雅人監修本『オランダに学ぶ サッカー戦術練習メニュー120』】
最終的にどちらの成長曲線が、より高みに到達するかは一目瞭然だ。成立学園はまだ放物線が上昇し始めた位置にあったために、今回は負けてしまったが、将来的な伸びしろは帝京よりも大きいのではと推測される。
「もちろん、高校サッカー選手権という一発ノックアウトのトーナメントであることも考慮しなければいけません。キック&ラッシュのサッカーは、指導者としては楽です。それほど首を振らなくても、頭を使わなくても、手っ取り早くできてしまうからです。現時点ではキック&ラッシュの方が結果は出るかもしれません。しかし、状況判断を排除してしまうサッカーは、今の世界トップレベルで求められているものではありません。2008年の欧州選手権で、パスサッカーを極めたスペインが圧倒的な力を見せて優勝したことにも裏付けられます。頭を使えない選手は世界では通用しません。ポゼッションサッカーがきちんとできる技術があるにもかかわらず、やっていないという現状は、選手の将来性という意味で非常にもったいなく感じました。成立学園に関しては結果は出ませんでしたが、素晴らしいチャレンジをしたと思います。これからの将来に期待をしたい選手たちです」