中東でのクラブW杯を検証する(後編)=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

入場者数の減少は織り込み済みだった?

アブダビで各国リーグの中継を見ることができる。Jリーグのダイジェスト番組もある 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在11日目。FIFAクラブワールドカップ(W杯)2009も19日の3位決定戦と決勝を残すのみとなった。今回も前日に引き続き、中東で行われたクラブW杯について検証することにしたい。前回は06年大会をサンプルとして取り上げ、日本開催がUAE(アラブ首長国連邦)開催と比べて、いかに集客力があったかを確認した。この入場者数とスタジアムの盛り上がりについては、間違いなく日本開催の方に軍配が上がることは、誰もが認めるところであろう。だがよくよく考えてみれば、入場者数を比較すること自体、実はあまり意味がないのかもしれない。理由は2つ。まず、この国の観戦文化が、およそ日本とはかけ離れているという事実。そして主催者であるFIFA(国際サッカー連盟)自身が、どうやら入場者数についてあまり重要視していないという事実。この2つの事実を、まずは押さえておく必要があるだろう。

 ホテルで過ごしている間、私はいつも壁に設置されている26インチの薄型テレビをつけっぱなしにして、各国のサッカー中継を眺めながら仕事をしている。有難いことにアブダビでは、チャンピオンズリーグはもちろんのこと、プレミアリーグやブンデスリーガ、さらにはJリーグのダイジェスト番組も視聴できるのだ(道理で優秀なブラジル人選手が引き抜かれるわけだ)。そんな中、たまに国内リーグの映像を見ることもあるのだが、カメラアングルとスイッチングに何とも言えぬ違和感を覚えることが、しばしばであった。ほどなくして、その理由が分かった。観客がほとんどいないスタンドを、極力見せないようにしているのである。それでも選手のアップショットでは、当然ながら背景にスタンドが映り込む。その向こう側にフットボール特有の熱狂は、まったくといってよいほど見当たらない。これが中東の国内リーグにおける、日常的な風景である。

 思うに、この国の人々にとっての「サッカー観戦」とは、基本的にスタジアムではなくテレビで見るものなのだろう。それは何もUAEに限った話ではなく、カタールでもクウェートでも状況はあまり変わらないように思う。実際、Jリーグから高額の年俸を提示されて中東に渡ったブラジル人選手の多くが「たくさんのお客さんがいたJリーグが懐かしい」と語っている。そんな国でクラブW杯を開催すればどうなるか。おそらくFIFAも、ある程度は織り込み済みだったはずだ。
 意外にも今大会に関して、FIFAの評価は思いのほか高い。ブラッター会長は「運営、スタジアム、ホスピタリティー、メディアの手配、輸送、すべてが最高レベルである」とベタ褒めしているし、バルケ事務総長は2013年以降について、UAE開催に戻す可能性を早々と示唆している(クラブW杯は来年2010年までUAEで、11年と12年は日本で開催されることが決まっている)。これらの発言から推察するに、FIFAは最初から入場者数の減少を度外視していたことがうかがえる。

UAEでクラブW杯を開催するメリットとは

会場での盛り上がりに欠けた今大会だったが、FIFAは「成功」と見なしているようだ 【宇都宮徹壱】

 9日の開幕戦からずっと今大会を取材してきて、明確に大会の空気が変わったのが、準決勝が行われた15日以降である。すなわち、南米王者のエストゥディアンテス、そして欧州王者のバルセロナが登場して、大会そのものがまるで「別物」に感じられるようになった。と同時に、この準決勝以降において、今回のUAE大会が本領を発揮したのではないか――そう私は考えている。すなわち、準々決勝までの入場者数の少なさを補って余るだけのメリットを、開催国UAEは国内外に印象付けることに成功したのである。

 まず、何といってもサポーターの数である。エストゥディアンテスのサポーターは数千単位でアブダビを訪れ、バックスタンドをほぼ埋め尽くしていた。07年大会で来日したボカ・ジュニアーズのファンの数より明らかに多い。同様のことは、バルセロナやアトランテのサポーターについても言える。準決勝に入ってから目に見えてサポーターの数が増え、スタジアムの雰囲気も「現地モード」にスイッチしたのだ。これは、日本で開催された過去4大会では見られなかった現象である。理由は単純で、彼らにしてみればシベリアや太平洋を渡って日本に来るよりも、アブダビの方がはるかに近いからだ。
 同じことは、実際にプレーする選手たちにも言える。日本と比べて、移動距離も時差もはるかに少ないし、極端に寒いわけでもない。コンディショニングを考えるならば、UAEの方がより好ましいと考えるのは当然であろう。

 一方でFIFAが重視したのが、時差である。今大会、試合開始時間が日本時間の25時と発表された時、私は「ああ、日本のファンは見捨てられたんだな」と直感した。FIFAがもし、過去4大会を開催した日本に多少の恩義を感じていたなら、キックオフの時間を少なくとも2時間は早めていたと思う。だが彼らの視線は、明らかに日本ではなく、ヨーロッパに向いていた。中央ヨーロッパ時間なら17時。早々に仕事を切り上げ、スポーツパブでビアグラスを傾けながら観戦するのは十分に可能な時間帯だ。少なくとも、ヨーロッパでは「主婦しか見られない」と皮肉られたトヨタカップ時代に比べれば、平日働いている当地のサッカーファンも十分に視聴可能な時間帯である。これらのことを考慮すると、サポーターにとっても選手にとっても、そしてヨーロッパのテレビ視聴者にとっても、UAE開催はかなりメリットが多いことが理解できよう。

 サッカービジネスが、確実にテレビ視聴者に重きを置いている今、UAEというある種バーチャルな空間で行われるクラブW杯は、時代の必然だったと言えるのかもしれない(同様のことは、来年のW杯開催国である南アフリカにも言えるのだが、ここではあえて踏み込まない)。いずれにせよ、今後のクラブW杯の方向性は2013年までに決することだろう。これはかなりブラックな想像だが、もしかしたらFIFAは「準決勝と3位決定戦と決勝はUAEで、それ以外の試合は日本で」などという決定を下すかもしれない。大会スポンサーにしろ、放映権を持つテレビ局にしろ、どうも日本側はFIFAにいいように利用されているように思えてならないから、決してあり得ない話ではないと思う。

 開催地が遠く離れてしまったことで、日本での関心がいまひとつの今回のクラブW杯。だが、少なくとも日本のサッカーファンは、大会の行く末をしっかりと注視すべきである。さもないと気が付いた時には、私たちが育ててきたクラブW杯が、さらに遠いところに連れ去られてしまう可能性がある。

<翌日に続く>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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