中東でのクラブW杯を検証する(前編)=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

UAEの繁栄を支える労働者と観光客

エミレーツ・パレスホテルの吹き抜けのロビーに飾られた、巨大なクリスマスツリー 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在10日目。FIFAクラブワールドカップ(W杯)2009も残すところ19日の3位決定戦と決勝を残すのみとなり、2日間は試合がない。そんなわけでこの日は、たまっていた原稿や雑事の処理に半日を費やしていた。夜は、同業者と中心街のフィリピンレストランで食事。フィリピン料理というものは、これまでまったくなじみのないものだったが、かなり中華の影響を受けている印象を受けた。味付けは辛くもなく、甘くもなく、それなりにおいしい。ふと周囲のテーブルを見渡すと、ほとんどの客はフィリピン人で占められていた。皆、くったくのない笑みを浮かべながら、料理を口に運んでいる。言うまでもなく彼らは、ここアブダビで暮らしている出稼ぎ労働者である。

 オイルマネーで潤う近隣の国々がそうであるように、ここUAE(アラブ首長国連邦)もまた、ほとんどの労働力を海外からの人材に依存している。メイドなどのサービス業に従事しているフィリピン人、タクシードライバーに多いインド人やパキスタン人、そして建築現場や道路工事などに駆り出されるのは、さらに貧しい国や地域から出稼ぎに来ている人々である。シャトルバスでスタジアムに向かう途中、よくそうした人々を乗せたバスとすれ違うことがある。こっちはピカピカの大型バスに1人しか乗っていないのに、向こうはおんぼろのマイクロバスにぎゅうぎゅう詰めになっている。時折彼らと窓越しに視線が合ったりすると、何だかとっても申し訳ない気持ちになってしまう。

 その一方でUAEという国は、海外からの観光客によって潤っている国でもある。この日はたまたま7つ星のエミレーツ・パレスホテルを訪れる機会があったのだが、さながらスルタンの宮城のような外観と、あまりの贅(ぜい)を尽くした内装に思わずたじろいでしまった。あとでネットで調べたら、最も安い部屋をディスカウントしても、1泊928米ドル(約8万4000円)はする。世の中には、ずいぶんと金持ちがいるものである。
 結局のところこの国は、安い賃金で働いてくれる労働者と、それなりの金を落としてくれる観光客を、いずれも国外から大量に受け入れることで繁栄を謳歌(おうか)してきた。これまでは石油を担保に、国内の開発を推し進めるべく、まずは労働力の確保に重点が置かれてきたわけだが、今後は観光客と外貨の確保により重きが置かれるはずだ。そうして考えると今回のクラブW杯開催も、新たな観光資源の模索と見ることが可能なのかもしれない。

日本開催には遠く及ばない入場者数だが……

開幕戦でのキックオフ1時間前の様子。スタンドの観客の数は恐ろしいくらいまばらだ 【宇都宮徹壱】

 さて、決勝まで2日ほどゆとりがあるので、2回にわたり、アブダビにおけるクラブW杯についての検証を行いたいと思う。本来なら検証は、大会終了後に行うべきなのかもしれない。が、大会が終わって帰国したら、きっと師走の慌ただしさで放置されること必至である。それに決勝は、どうせ放っておいても盛り上がるのだ。むしろセミファイナルが終わって、じっくりと大会を振り返れるこの時期に、そして記憶がまだ鮮明なこの時期に、今大会の検証をまとめておく方が有意義であると考えた次第である。

 検証にあたっては運営面、それも日本開催との比較が中心となる。特に今大会は、過去4大会の日本開催と比べて、毎試合の入場者数が大きく下回っていたように思う。そこで具体的な比較対象として、06年大会をピックアップすることにした。3年前の大会は、現在と運営フォーマットが若干異なっているが(3年前は開催国枠がなく、出場チーム数は6だった)、さりとてJクラブが準決勝と3位決定戦を戦った07年、08年と比較するのは、いささかアンフェアである。逆に06年大会では、バルセロナとオークランド・シティ、そして韓国とメキシコのクラブ(全北現代モータースとクラブアメリカ)が出場している。サンプルとしては、申し分ないだろう。

 まず06年大会の1回戦(今大会の準々決勝に相当)では、オークランド対アル・アハリ(エジプト)が2万9912人。全北対クラブアメリカが3万4197人。これに対して今大会の準々決勝は、マゼンベ対浦項スティーラーズが9627人。オークランド対アトランテは7222人。いずれも1万人を割り込む数字である。
 準決勝はどうか。06年大会では、アル・アハリ対インテルナシオナル(ブラジル)が3万3690人。クラブアメリカ対バルセロナが6万2316人。09年大会では、浦項対エストゥディアンテスが2万2626人。アトランテ対バルセロナが4万955人。いずれもスタンドがかなり埋まっていた印象を受けたが、やはり日本開催と比べると物足りなさを感じてしまう。もっとも、16日のバルセロナの試合が行われたザイェド・スポーツシティは、4万5000人収容。7万2000人が入る横浜国際総合競技場と比べてしまうのは、ちょっとばかり酷なのかもしれない。

 それでも、日本開催の集客力はやはり尋常ではなかった。何しろオークランドと全北との5位・6位決定戦でさえ、2万3258人の観客を集めたのだから(今大会は4200人)。日本の場合、たとえ国内のクラブが出場しなくても、そしてどんなにマイナーなクラブ同士の試合であっても、常に2万人以上の観客がスタンドに集まり、それなりの盛り上がりを見せていた。「いや、タダ券も多く出回っていたではないか」という意見は、この場合あまり意味をなさない。いくらタダ券をもらっても、興味がなければ平日の夜に寒い思いをしてまでサッカー観戦しようとは思わないからだ。日本開催の入場者数を下支えしていたのは、ひとえにわが国の観戦文化の厚みによるものであったと言えよう。
 では、こうした入場者数の比較から、FIFA(国際サッカー連盟)はUAE開催をネガティブに評価しているのだろうか。どうもそうではなさそうだ。むしろFIFAは、最初から入場者数について度外視していたようにさえ感じられる。この続きは、明日。

<翌日に続く>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント