バルサを待ちわびる人々=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

レバノン料理屋で思ったこと

見つけたレバノン料理の店にて。ランチョンマットにレバノンとUAEの国旗が描かれている 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在5日目。FIFAクラブワールドカップ(クラブW杯)2009は、12日に準々決勝第2試合が行われる。この日のカードは、オセアニア王者オークランド・シティと、北中米カリブ王者アトランテによる顔合わせ。試合は、いつものムハンマド・ビン・ザイード・スタジアムではなく、もうひとつの会場、ザイード・スポーツシティで開催される。

 アブダビでの生活は単調そのものだ。執筆して、食事して、取材して、また執筆して、そして眠る。この繰り返しである。そんな単身赴任の現地駐在員のような生活を送っている私にとって、今や「食事に行く」という行為はちょっとしたイベントと化している。昨日の日記にも書いたとおり、ホテルの周りは本当に何もないので、食べ物を求めて殺伐とした風景の中をさまようこととなる。いつもは20分、時には30分近く歩き続けることになるのだが、これが砂漠の生活と割り切れば、とりわけ苦に思うこともなくなった。

 この日はホテルから徒歩20分ほどの場所に、極めて庶民的なレバノン料理屋を見つけることができた。赤・白・赤の横三色にレバノン杉が描かれた国旗を見つけたとき、私の心は砂漠の中のオアシスを見つけたような充足感に包まれた。ここなら美味いものにありつけること間違いない。そう確信したからである。

 中東の国々は、そのいずれもが石油産出国というわけではない。その最たる例がレバノンだ。この国は石油こそ出ないものの、新鮮な野菜と肉、そして乳製品を豊富に産出するため、中東でも例外的に美食が味わえる地域としてつとに有名である。かの国が、イスラエルやシリアといった周辺国からの侵略を受けたのは、何も政治的・宗教的な側面だけではなく、食べ物が豊富であったことも決して無縁ではなかっただろう。長く続いた戦闘により、多くのレバノン国民が国外脱出を余儀なくされ、その結果として、レバノン料理は広く世界でも知られるようになった。

 アブダビで食べるレバノン料理は、この国にきてようやく私に食事の喜びをもたらしてくれた。味もさることながら、野菜が実に新鮮で、レバノン人スタッフがきびきびとした動作で働いているのも、見ていて実に気持ちがよい(この国では、きびきびと働く地元の人をまず見ることはない)。日を置かず、また訪れることにしたい。

バルセロナへの挑戦権を懸けた戦い

ザイード・スポーツシティはアブダビ最大の競技施設で6万人収容。決勝戦もここで行われる 【宇都宮徹壱】

 それでは、いつものように出場チームのプロフィールを紹介したい。
 オークランドは、1回戦で地元UAE(アラブ首長国連邦)のアル・アハリを破っての準々決勝進出。出場チームの中では、戦力的にも資金的にも最も脆弱(ぜいじゃく)ながら、このステージに名乗りを上げたことは立派の一言に尽きるだろう。基本戦術は、両サイドからのクロスに高さと強さで勝負する、この一点張り。1回戦では、その愚直なまでのサッカーが見事に当たり、歴史的な初戦初勝利を飾ることとなった。

 もっともオークランドの準決勝進出は、ニュージーランド代表の28年ぶりのワールドカップ出場と同様、決して偶然ではないと考えるべきだろう。最大のライバル(というよりオセアニアの支配者だった)オーストラリアがAFC(アジアサッカー連盟)に転籍したことで、ニュージーランドはこの地域の覇権を引き継ぐこととなった。その結果、クラブレベルでも代表レベルでも、彼らはかつてないほど国際経験を積むことが可能となり、大舞台でも少しずつ成果を挙げるようになったのである。大陸王者同士の対戦となるこの準々決勝が、より真価が問われる戦いとなることは間違いない。

 その対戦相手となるアトランテは、メキシコのリゾート地カンクンを本拠とするクラブであること、元レアル・マドリーのソラリ(叔父は横浜マリノス=当時=の元監督として有名)がプレーしていること、そしてユニホームのカラーがバルセロナと同じエンジと紺であることくらいしか、予備知識を持ち得ていない。メキシコからは、これまでにクラブ・アメリカ(06年大会)、そしてパチューカ(07年、08年大会)が出場しており、いずれも見ていて楽しく、かつ質の高いサッカーを表現していた。その意味でも、この新たな北中米カリブの覇者がどんなプレーを披露してくれるのか、おのずと期待は高まる。

 ちなみに、この試合の勝者が準決勝で対戦するのは、あのバルセロナ。オークランドはもちろん、アトランテにしても決して世界的に有名なクラブとは言い難いわけで、ここはぜひバルサと同じピッチに立ちたいという気持ちは強く持っているはずだ。そのバルサは、この日はホームのカンプ・ノウでエスパニョルとダービーである(キックオフは、この試合の3時間遅れ)。今はとてもクラブW杯に思いをはせる気分ではないだろう。この日、バルセロナへの挑戦権を争う戦いがアブダビで行われ、すでに南米王者のエストゥディアンテスも現地入りしているのに、バルセロナだけは粛々と過密日程をこなしている。ここに、欧州とそのほかの大陸との絶望的な乖離(かいり)を感じずにはいられない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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