マゼンベが見せた驚きのサッカー=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

食べ物を求めてさまよう日々

アブダビの日常的な光景。やたらと工事がストップした建物を目にする。ドバイショックの影響か? 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在4日目。FIFAクラブワールドカップ(W杯)2009は、11日より準々決勝に入る。この日のカードはマゼンベ対浦項スティーラーズ。アフリカ王者対アジア王者による顔合わせである。

 アブダビに滞在していて、一番困ることをひとつ挙げるなら、それは食べ物である。味がどうこう、という話ではなく、単純に食べ物にありつくのに苦労するのだ。私が投宿しているホテルは、一応はメディアホテルなのだが、どういうわけか周りに何もないところに建っている。したがって、どうしてもホテル内で食事をすることが多くなるのだが、昼はビュッフェスタイルのメニューしかなく、これが何と114ディルハム(約2800円!)もするのだ。まったく話にならないので、適当な食べ物屋を探すべく、日中ほとんど人気(ひとけ)がないアブダビの街をさまようこととなる。

 ところが歩けど歩けど、目に付くのは工事中の建物ばかり。たまに店を見つけても、それは家具屋だったり床屋だったり水タバコのパイプ屋だったりして、大いに落胆する。そもそもこの街では、食べ物のにおいというものがまったく感じられない。これはアブダビに限った話ではなく、レバノンを除く中東全般に共通して言えることだろう。もちろん外国人向けのレストランはあるが、値段が高いので地元の人間はあまり利用しない。おそらく外食を楽しむという概念そのものが、砂漠の民には希薄なのだろう。
 20分ほどほっつき歩いて、ようやく怪しげなチャイニーズレストランを発見する。いかにも繁盛していなさそうなオーラが漂う店構えだが、背に腹は代えられない。味はどうだったかって? 聞くまでもないだろう。

 帰り道、ホテルまでの殺風景な道のりを歩きながら考える。なぜこんな砂漠にできた人工的な国で、クラブW杯が開催されるのだろうかと。本当にここには、楽しいものは何もないのである。ある意味、選手がプレーに専念するには理想的な環境なのかもしれない。とはいえ、愛するクラブを応援するために駆けつけたサポーターが(もしいたとして)、これほどストイックな環境の中に閉じ込められるのは、いかがなものであろうか。それとも主催者側は、この大会を純粋に「テレビで観戦するための大会」と位置付けているのであろうか。この件については、どうやら今後も考察を重ねていく必要がありそうだ。

大会初! ブラックアフリカのマゼンベ

この日の試合に動員されたのだろうか、白装束の集団が大挙してスタジアムの入口に歩いていく 【宇都宮徹壱】

 それでは、この日の出場チームのプロフィールを紹介したい。
 まずはアフリカチャンピオンのマゼンベ。実はこのチーム、個人的にはバルセロナと同じくらい楽しみな存在だったりする。なぜならクラブW杯史上初となる、ブラックアフリカのクラブだからだ。過去4大会のアフリカ王者は、アル・アハリ(エジプト)が3回、そしてエトワール・サヘル(チュニジア)が1回で、いずれも北アフリカのアラブ人によるクラブであった。ところが今回のマゼンベは、コンゴDR(民主共和国)のクラブ。いわゆるブラックアフリカである。しかも、所属選手のほぼ全員が国内の選手で占められており、チームに関する情報は極めて限られたものとなっている。

 ちなみにコンゴDRといえば、旧国名のザイールだった1974年に一度だけW杯に出場している。実はザイールは大会史上初めて、ブラックアフリカから本大会に出場したチームでもあった。ただし結果は惨憺(さんたん)たるもので、スコットランドに0−2、ユーゴスラビア(当時)に0−9、そしてブラジルに0−3と、3戦全敗の14失点で早々に大会を去ることとなった。当時のアフリカは、身体能力うんぬん以前に国際経験が極めて乏しく、戦術面でもメンタル面でも大きく世界から取り残されていた。国際舞台におけるブラックアフリカの躍進は、1990年W杯のカメルーンまで待たねばならないが、それでもザイールがその端緒を開いたことに変わりはない。そう考えるとコンゴDRという国は、ナショナルチームのW杯でも、そしてクラブチームのW杯でも、常にブラックアフリカのさきがけとなっているわけで、何とも不思議な歴史的符合を見る思いがする。

 対するアジアチャンピオンの浦項スティーラーズについては、すでに前日の日記でも触れているし、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)の常連でもあるので、ここでは多くを語るまい。Kリーグクラブの出場は、第2回大会の全北現代モータースに続いて2度目だが、グループリーグでは川崎フロンターレに1勝1分けで勝ち越し、決勝トーナメントでもブニョドコル(ウズベキスタン)やアル・イテハド(サウジアラビア)といった強豪を撃破しているだけに、全北以上の成績(5位)を収めることは十分に可能だろう。監督のセルジオ・ファリアスは、Kリーグ初となるブラジル人指揮官で、母国ではU−17、U−20代表を率いた経験を持っている。パワーサッカーを身上とする韓国のチームに、ブラジル人指揮官の頭脳が加わったときに、果たしてどんなサッカーが展開されるのか。こちらもマゼンベとは違った意味で、楽しみなチームである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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