クラブW杯を伝える難しさについて=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

アブダビでも盛り上がらない(?)クラブW杯

浦項のデニウソン。欧州、中東、中米、そして東アジアを渡り歩いた流浪のストライカーだ 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在3日目。この日は試合がないので、昼間は洗濯をしたり、ホテルの近くのレストランを発掘するべく散策したりして、夕方までの時間を過ごした。
 それでも余裕があったので、試しに前日の試合の反応をネットでリサーチしてみる。そこで判明したことは、日本では想像以上に今回のクラブワールドカップ(W杯)が盛り上がっていない、という事実である。中には、今年からUAE(アラブ首長国連邦)で開催されていることさえ知らない人もいたくらいで「宇都宮が何をしにアブダビに行ったか、やっと分かった」という書きこみを見たときには、思わずめまいがしそうになった。

 もっとも日本の場合、今回は開催国でもなければJクラブを送り出しているわけでもないので、サッカーファンの間でも関心度が今一つというのは、ある意味仕方のないことなのかもしれない。では、ホスト国のUAEはどうかといえば、すでに大会初日で開催国枠のアル・アハリが敗退してしまったことで、盛り下がる条件は十分すぎるほど整ったように思える。試合が終わった夜から、ホテルで執筆している間もずっとテレビをつけっぱなしにしていたのだが、現地のプログラムはクラブW杯のこともアル・アハリの敗退も、まったくといってよいほど報じていない(少なくとも私は見ていない)。何という冷淡さだろう。アブダビのテレビ局は、少しは日本テレビを見習った方がよいのではないか。

 さて、私にとってのこの日の一番のトピックスといえば、メディア用のシャトルバスに私以外のジャーナリストが乗車したことである。先の日記にも書いたが、この2日間、ホテルとスタジアムを行き来する50人乗りのシャトルバスは、ずっと私ひとりを運んでいたのである。あまりの非効率さに、利用するこちらまでもが肩のすくむような思いをしてきたのだが、この日、浦項スティーラーズの会見に向かうべくバスの発車を待っていると、何と初老の男が乗り込んでくるではないか。このときの私の心境は、さながら無人島で自分以外の人間を発見した、ロビンソン・クルーソーのようであった。

 男は、アルゼンチンの記者だという(スポーツナビで寄稿しているセルヒオ・レビンスキー氏ではなかった)。お目当ては当然、南米王者のエストゥディアンテスである。しばし大会について意見交換をしていると、いきなり男は「君は韓国人か?」と尋ねてきた。これから浦項の会見に行くのだから、そう思われて当然だろう。いや、日本人だと答えると、男は何とも不思議そうな顔をあらわにする。言葉にこそしなかったが、それは明らかに「日本のクラブは出てないのに、何でここにいるの?」という表情であった。

浦項のデニウソンが注目される理由とは?

浦項の岡山。今大会唯一の日本人選手は、11日のマゼンベ戦で出番はあるだろうか? 【宇都宮徹壱】

 11日の試合会場、モハメド・ビン・ザイード・スタジアムで行われた浦項の会見には、監督のファリアスとFWのデニウソンが出席した。いずれもブラジル人である。同時通訳では、英語、ポルトガル語、韓国語、そしてアラビア語が入り乱れて、何だかよく分からないうちに会見は終了となった。

 この会見で記者たちの注目を集めていたのは、ファリアス監督ではなくデニウソンであった。10番を背負う浦項のエースは、1999年から2005年にかけてアル・シャバブ、ドバイ・クラブ、そしてアル・ナスルと3つのUAEのクラブを渡り歩いてきた。つまり今回のクラブW杯出場は「凱旋帰国」という見方もできる。実際、デニウソンは会見で「UAEを離れるときはとてもつらかった。このような形で帰ってくることができて、とてもハッピーだ」と語っている。

 私が興味深く感じたのは、結局のところ海外の記者たちも「デニウソンの凱旋帰国」という切り口でしか、アジアチャンピオンである浦項スティーラーズというチームを語れない、という現実である。それは9日の1回戦に出場したアル・アハリに関して、日本のメディアが元Jリーガーであるバレーの名前を連呼したのと、まったく同じ構図であると言えよう。そのことについて、あれこれ揶揄(やゆ)するつもりはない。要するにクラブW杯という大会で、欧州チャンピオン以外のクラブを語るためには、どうしても「凱旋」とか「恩返し」といった、競技以外のフックが必要とされるのである。それが決して日本に限った話でないことを、私はこの日の会見であらためて確認することができた。

 会見後、浦項の選手たちが試合会場のピッチで公開練習を行った。ふと、背番号4の選手が、笑顔で日テレのカメラに近づいてくる。よく見たら岡山一成だった。「今回のユニホームの名前、KAZUNARIになったんですよ」と、今大会唯一の日本人選手は、わざわざ背中のネームを報道陣に披露してくれた。
 明日の浦項とアフリカ王者マゼンベとの試合は、間違いなく「岡山の出番はいつか?」という話題に収斂(しゅうれん)されることだろう。だが、今となっては、それでもいいような気がする。日本が開催国でもなければ、日本のクラブが出場するわけでもない、今回のクラブW杯。かくなる上は、日本の代表として、岡山にはぜひとも大暴れしてもらいたい。そしてもちろん、アジア代表である浦項スティーラーズにも。

<翌日に続く>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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