アル・アハリ、早すぎた敗退=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

今日もひとり、スタジアムへ向かう

ホテルとスタジアムを行き来するシャトルバス。この日も利用したのは私ひとりだけであった 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在2日目。この日9日より、FIFAクラブワールドカップ(W杯)2009が開幕する。オープニングを飾るのは、地元UAE(アラブ首長国連邦)の前回王者アル・アハリと、オセアニア王者のオークランド・シティである。

「え、またひとりなの?」
 そろそろスタジアムに向かおうとしていた私は、思わず絶句した。ホテルに迎えに来たメディア用シャトルバスには、運転手を除いて誰ひとりとして乗っていなかったのである。「また」というのは、前日もそうだったからだ。ホテルでチェックインを済ませ、アクレディテーションカード(取材証)をピックアップするべくシャトルバスに乗せてもらったのだが、行きも帰りも私ひとり。インドのケララ州から来たという運転手と、そのうち世間話を始めてしまうくらい奇妙な空気が、バスの車内いっぱいに充満していた。

 そして試合当日。さすがに大会が始まったら、バスの座席も埋まるだろうと思っていたのだが、あにはからんや。50人乗りのピカピカのバスの乗客は、またしても私ひとりである。これほど巨大な空間に自分ひとり、運転手ひとりというのは、さながらリムジンにでも迎えに来てもらったような気分にさせられる(もちろんリムジンなんて乗ったことはないけれど)。まさか中東で、これほどの大名気分、もといスルタン(権力者)気分が味わえるとは想像もしていなかった。もっとも根っから貧乏性ゆえ、スタジアムに到着するまでの間、ずっと落ち着かない気分で過ごすこととなったのは言うまでもないが。

 ちなみに私が投宿しているホテルは、さほど大きいわけでも高級なわけでもないが、幸運にもメディアホテルに指定されていた。ここでは4人ほどのスタッフが常駐して、シャトルバスの発着時間を含む、もろもろの情報を提供してくれる。それはそれで非常にありがたいのだが、どうもこのホテルに泊まっているジャーナリストは私ひとりだけのようだ。にもかかわらず、運営本部は私ひとりのために、運転手を含む5人のスタッフとバス1台をあてがっているのである。これはどう考えても、非効率的であると言わざるを得ない。
 そういえば、ホテルの部屋がやたらと広かったり、アクレディテーションセンターでもらったお土産が無駄に立派で重かったりと、どうもこの国は「適正」という感覚が著しく欠如しているように思えてしまうことが多々ある。果たしてこれを「お国柄」の一言で済ませてしまってよいのだろうか。

オセアニアのセミプロ対「バレーのいる」UAEチャンピオン

試合前に行われたオープニングセレモニー。中東でのクラブW杯は果たしてどれだけ盛り上がるのか 【宇都宮徹壱】

 それではこの日、出場する両チームのプロフィールを振り返ってみたい。まずはオセアニア代表のオークランド・シティ。オーストラリアがAFC(アジアサッカー連盟)に転籍して以降、この地域の覇権は代表であれクラブであれ、ずっとニュージーランドの寡占状態にある。実際、第2回大会以降、オークランド・シティ、ワイタケレ、ワイタケレときて、今回は3大会ぶりにオークランド・シティが世界への切符を手にした。現役のニュージーランド代表であるビチェリッチのような選手もいるが、実質的にはアマチュア選手を数多く抱えるセミプロクラブ。2度目の挑戦となる今大会では、まずは初戦を制して存在感を示したいところである。

 そういえば3年前に来日したオークランド・シティには、元日本代表の岩本輝雄が出場して話題になったことを思い出す。半ば引退同然だった岩本の起用については、明らかに「客寄せ」の意味合いが強く感じられ、開催国枠の是非について一石を投じることとなった。開催国枠ができたのは、この翌年の07年のこと。ただし、この大会に出場した浦和レッズは「開催国枠」ではなく、アジアチャンピオンとしての出場。翌08年のガンバ大阪もまた同様である。今回、大会史上初めて「開催国枠」での出場となったのが、この1回戦に出場するUAEチャンピオン、アル・アハリである。

 このアル・アハリについて、日本のファンが唯一得ている情報としては「バレーがいるチーム」くらいであろう。バレーとは言うまでもなく、かつて大宮アルディージャやヴァンフォーレ甲府やガンバ大阪でプレーしていた、ブラジル人ストライカーのバレーである。それ以外に、何か特筆すべきことはあるかと問われれば「特になし」と言わざるを得ない。今季のACLではグループリーグで断トツの最下位だったし(1分け5敗)、国内リーグでも不振が続いて前月に監督が代わったばかりだという。待遇面では間違いなく、アル・アハリの選手のほうが恵まれているはずだが、戦力面ではセミプロのオークランドにも十分に勝機がありそうだ。その意味で、非常に興味深い顔合わせと言えよう。

 余談ながらアル・アハリについては、ドバイのクラブとはいえ一応は開催国代表。どれくらいのサポーターが会場に集まるか注目していたのだが、スタンドにチームカラーの赤はまったく見当たらず、観客はみな、真っ白なカンドゥーラ(男性用の民族衣装)を着ていた。たまに赤いマフラーを身に付けている人を見かけるが、どうもこの国には「レプリカを着る」という文化はないようだ。かくして、日本代表のアジア予選でおなじみの、太鼓と笛による中東特有のリズムに包まれながら、中東でのクラブW杯が開幕した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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