2人のセッターを生かした勝利=バレーグラチャン男子

田中夕子

セッター交代の効果

セッターの宇佐美(左)と阿部。2人の効果的な交代が、勝利を呼ぶひとつの鍵となった 【坂本清】

 開幕戦勝利の立役者は、阿部裕太(東レ)だった。
「試合の前半、得点力の高い福澤、清水のスパイクがあまり決まっていなかった。この2人がもうちょっと決められるようにしないといけないな、と宇佐美さんのトスよりも、少しだけスピードを上げました」(阿部)
 ポーランドとの第1戦、セットカウント1−1で迎えた第3セット、9−13とポーランドに4点を先行されたところで、植田辰哉監督はセッターを宇佐美大輔(パナソニック)から阿部に切り替えた。理由は明確だ。
「(アタッカーの)使い方は間違っていない。ただ、サイドへのトスが短くなり、ムードが悪くなった」(植田監督)
 交代直後、阿部は福澤達哉(パナソニック)がレシーブしたボールを、まずライトの清水邦広(パナソニック)へ上げる。1本では決まらず、再び戻ったボールを今度はレフトの石島雄介(堺)へ。「セッターが変わって、リズムが良くなった」という石島が、高い位置から平行に伸びるトスを気持ちよく打ち抜き、10点目を得る。ここから、試合の流れは日本へと傾き始めた。

身長191センチの阿部。高さのあるトスが、阿部の武器だ 【坂本清】

「宇佐美さんがセンターを使っていたので、相手のブロックをクイックに跳ばせるために、トスを上げるタイミングに変化をつけました」
 ジャンプしてトスを上げる。高さを武器とする阿部の場合、本来なら最も高い位置でボールをとらえてそこから押し出す形が常なのだが、ポーランド戦での阿部は、最高点ではなく空中で一度“タメ”をつくってからジャンプの降り際でボールを送り出していた。
 相手のブロックは、セッターのトスを見てから跳ぶ「リードブロックシステム」。さらに1、2セット目で宇佐美がセンターの松本慶彦(堺)のクイックや、福澤のバックセンターからのパイプ攻撃を多く使っていたために、ポーランドのブロックはセンターに集まってから、サイドへ移動するバンチリードシステムを常としていた。つまり、阿部のトスが出るタイミングが遅くなれば、相手ブロックの動きも遅れる。そのうえブロッカーには、宇佐美がクイックを使った残像がある。たとえセッターが代わっても「まずセンターからのクイックを警戒しなければならない」という意識が加わっているため、センターからサイドへの移動が遅れ、サイドブロックの枚数が減る可能性が高い。

 策は功を奏した。
 たとえば第4セット、20−17の場面。サーブレシーブからの攻撃で、阿部はまず松本のBクイックを選択。ポーランドが手堅く拾い、切り返されるが再びチャンスボールは日本へ。ここで阿部はトスのタイミングをやや遅めにして、センターへのクイックを上げると見せかけ、ライトの福澤へバックトスを上げた。松本がBクイックのおとりに入っていたため、相手ブロックはレフト側へ寄っていた。ブロックの逆をつき、ノーマークになった福澤が、ライトからスパイクをたたき込む。高さを誇るポーランドのブロックは完全に翻弄(ほんろう)され、その後も清水、石島を含めたサイドからの攻撃が面白いように決まり、日本は鮮やかな逆転勝利を収めた。
「僕が良かったとか、宇佐美さんが良くなかったとか、そういうことではないんです。宇佐美さんの布石があるから、生きる部分がある。2人でやった結果です」(阿部)

持ち味を生かした2人

宇佐美(写真)と阿部、それぞれが打った布石が、交代後に生きてくる 【坂本清】

 実際、その言葉は謙遜(けんそん)ではない。
 植田監督は「初戦でいいリズムを生み出したところに期待した」と第2戦は阿部を先発で起用した。サーブ&ブロックを武器とするエジプトに対し、相手ブロックの低い箇所から攻めるトスワークを基本とし、2セット目までは得点を重ねる。しかし第3セットに入ると、トスがややブレ始め、福澤のバックアタックを絡めたコンビで連続してズレが生じる。9−7と日本が2点を先行した場面で、植田監督は阿部から宇佐美へ交代を図った。
 宇佐美は言う。
「昨日の(阿部)裕太もそうだったと思いますが、外から見ていたからこそ分かることがある。実際にやってみるとデータと違うこともあるので、試合中でも、気付いたことはお互い何でも言い合っているし、実際にコートへ入ったら、外で見て気付いたことを実践するようにしています」
 宇佐美が上げた1本目は、バックセンターの福澤へ。相手ブロックはライトを警戒していたため、ノーマークの福澤が得意のパイプ攻撃で10点目を挙げた。1戦目と同様に、第3セットの10点目でリズムに乗った日本は、ピンチサーバー・古田史郎(法大4年)の連続サービスエースで完全に流れをつかみ、3、4セットを連取。大阪での2試合を連勝で飾った。
「裕太でも僕でも、どっちが出てもいいと思うし、どちらかが悪ければ、もう一方がフォローすればいい」(宇佐美)

 2人の司令塔は、東海大の先輩後輩でもある。
 阿部が入学時、宇佐美は4年でキャプテン。当時を「気軽に話などできなかった」と阿部は振り返る。あれから9年が過ぎた今、代表メンバーとして2人が一緒に過ごす時間の長さは当時をはるかに上回る。宇佐美は言う。
「合宿からずっと部屋も一緒。先輩後輩という間柄もありますけど、いろいろ話し合いながら、お互いにとっていい状態、いい環境で試合ができています」
 仲間であり、ライバル。
 宇佐美と阿部、2人のセッターがそれぞれの持ち味を生かし、チームを勝利へ導いていく。

<了>
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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