初優勝をつかんだ鈴木明子の『ウエストサイド・ストーリー』=フィギュアスケート・中国杯総括

青嶋ひろの

鈴木明子がフリーで逆転しGP初優勝

中国杯女子シングルで鈴木明子フリー1位となり、逆転でGP初優勝を遂げた 【Getty Images Sport】

 ジョアニー・ロシェット(カナダ)、カロリーナ・コストナー(イタリア)ら、世界選手権のメダリストがそろう中での鈴木明子(邦和スポーツランド)の初優勝。
 グランプリ1勝の大きさもさることながら、披露したプログラムのクオリティにも驚いてしまう素晴らしい勝利だった。
 鈴木明子のフリープログラム『ウエストサイド・ストーリー』は、ジャンプにミスがない、エレメンツのレベルが取れている、それだけのプログラムではない。

「初めは、『あっこちゃんがウエストサイド?』ってみんなが意外そうな顔をしたし、私自身もそう思いました(笑)」(シーズン前のインタビュー)
 と、本人が語るように、情熱的に踊るタンゴや民族舞踊が真骨頂の鈴木明子からは、ちょっとイメージを外した感のあるアメリカンナンバー。しかし初めて振付けを担当したシェイ・リーン・ボーンは、鈴木明子がマリアを演じたらこんなに魅力的であることを見抜いていたのだ。

 彼女特有の豊かな表情と力強い動きは「気は強いけれど純粋な心を持つマリア」(鈴木談)を表現するのにぴったり。そして誰もがくぎ付けになった華やかな笑顔は、このプログラムに対する自信と信頼も見てとれた。

 すでにバレエや舞台で名作となった作品を、氷上で新しく構築することは、そうそうたやすいことではない。『白鳥の湖』をバレエ以上のものにする、『カルメン』をオペラ以上のものにする――後発芸術であるフィギュアスケートは、いつもそんな難しさに挑戦してきた。

「フィギュアスケートのウエストサイド」

 この日世界にお披露目となった「鈴木明子の『ウエストサイド・ストーリー』」は、もともとの持つミュージカルの雰囲気をそのまま再現しつつ、生の音楽も、歌の力も、群舞の迫力も借りられない中、滑りのスピードと躍動感、そして一人のスケーターの魅力でこの物語を表そうとした、まぎれもない「フィギュアスケートのウエストサイド」だ。

 こののち、『カルメン』といえばカタリナ・ビット(旧東ドイツ サラエボ、カルガリー五輪金メダリスト)を、『白鳥』といえばオクサナ・バイウル(ウクライナ リレハンメル五輪金メダリスト)を誰もが思い浮かべるように、『ウエストサイド・ストーリー』といえば真っ先に鈴木明子の名が挙げられる、そんな作品ではないだろうか。

 本来ならばプログラムコンポーネンツも高得点が期待できる出来だったが、5項目とも6点台が並んでしまったのは残念。しかしこれも、鈴木明子が世界選手権に一度も出たことがない、シニアのグランプリさえまだ通算2戦目の選手ゆえ。中国杯優勝の実績を掲げられる次戦以降は、きっとこうしたあいまいな部分の採点も上がってくるはずだ。

 しかし今シーズン、女子シングルはキム・ヨナ(韓国)の『007』(デイビッド・ウィルソン振付け)、安藤美姫(トヨタ自動車)の『クレオパトラ』(リー・アン・ミラー&ニコライ・モロゾフ振付け)、中野友加里(プリンスホテル)の『火の鳥』(マリーナ・ズウェア振付け)、そして鈴木の『ウエストサイド・ストーリー』と、プログラムに名作が多いのがうれしい。

敗れた強豪選手の仕上がり

 女子シングルは冬季競技の華と言われつつも、実際にはよりダイナミックな男子やペアの方に、圧倒的な個性を持つ選手や名プログラムは多かった。今シーズンもエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)、ステファン・ランビール(スイス)、高橋大輔(関西大学大学院)らの復活があり、見逃せないのは実は男子シングル、という意見が多かったはずだ。しかし女子選手、しかも黒髪、黒い瞳を持つ東洋人の選手たちがシーズン初めから立て続けに見せてくれた好プログラム。女子シングルも、かつてないほど彩り豊かな五輪シーズンになるのかもしれない。
 
 きちんとシーズン初めから仕上げてくる日本人選手、その典型のような鈴木明子が優勝。しかし敗れた強豪選手たちも、決してこの先の戦い、侮ることはできない。
 筆頭は世界選手権メダリストで10月上旬のジャパンオープンでも仕上がりの早さを見せたロシェット(3位)。フリーはショートプログラム7位の結果を受け、表情も堅く、ダブルアクセルの転倒などもあった。しかし成功したジャンプはどれもしっかり自分の技術として身に付けてきた自信にあふれていたし、滑りにも振付けにも「練習はしてきている」確信を感じさせる動きだった。

 海外勢、とりわけ北米勢の調子を見るとき、グランプリシリーズほど、あてにならないものはない。シーズン当初と世界選手権では見違えるような滑りを見せてくるから、この1戦だけを見てロシェットの評価を下げてはならないだろう。まずは次戦、カナダ大会でどこまで調子を戻してくるか、楽しみにしたい。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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