超高校級の人間力――花巻東・菊池雄星=ドラフト注目選手

田尻賢誉
 超高校級――。
 花巻東・菊池雄星を表現する際によく使われる言葉だ。長い手足。180度開脚して胸が地面にべったりとつくほどの柔軟性。左右の手を組んだままで、腕が後ろに一回転するほどやわらかい肩甲骨。最速155キロを誇る速球。キレ味鋭いスライダー。夏の岩手県大会、甲子園を通じ57回3分の1で7四死球(1試合平均1.1個)の制球力……。それでいて、希少価値のある左腕だから、米大リーグが放っておかないのも無理はない。
 だが、菊池の魅力はこれだけではない。ものの考え方、気づき力、心配り……。これには、会うたびに、話をさせてもらうたびに驚かされた。
 超高校級の人間力――。
 これこそが、“菊池雄星”をつくり出している。

菊池がチームメートに愛される理由

 菊池には、自分なりの哲学がある。それは、「背番号1を背負う以上、何でも一番でなければならない」というもの。だからこそ、何事にも手を抜かなかった。日ごろの私生活はもちろん、野球に対する取り組み、練習への心構え、全力疾走、ベンチでの声出し、毎日の野球日誌書き……。常に全力で取り組んできた。投手でありながら全力疾走を続けてきたことに対し、菊池はこう言っていた。
「100人部員がいる中で、20人しかベンチに入れません。全力疾走すらできない、(グラウンドで)声を出すことすらできない選手がたくさんいます。そう考えると、できる権利があるのに放棄する選手は納得がいかない。走ることすらできない選手に申し訳ないです」
 ちなみに、全力疾走は試合だけではない。練習前のアップでも、終わりの印であるカラーコーンで減速することなく、コーンを越えて走っていた。
「試合では投手が一番注目される。普段は人が最も嫌がることをしなければ」と3年間やり続けてきたトイレ掃除については、こう話していた。
「投手にとって一番大事なのは、みんなに安心感を与えることだと思うんです。こいつで負けたらしょうがない。こいつとなら心中できると思ってもらえるか。ただ、信頼というのは1日や2日でできるものではない。3年間を通してしっかりやった者だけがつかめる。自分も、3年間そういう姿を見せたことによって、(試合で)逆転してくれたりとか、仲間が助けてくれたのかなと思います」
 掃除を担当するトイレに客人が土足で入り、汚されたこともある。自分が嫌な気持ちになったことで、常に相手の立場になって考えられるようになった。菊池は大会中、データ班や打撃投手を買って出てくれるメンバー外の仲間に対し、自らのお小遣いで栄養ドリンクを差し入れしていた。そんな心遣いができるからこそ、実力が飛び抜けていながらも、チームメートから愛された。

 とにかく好奇心旺盛で人の話をよく聞く。「トレーニング方法は日々進化していると思うので」とあらゆる手段で新しいトレーニング方法を仕入れ、積極的に自主練習に取り入れる。日米20球団の面談が入っていた期間も決して練習を休まず、下級生の練習終了後も一人残って黙々とトレーニングをしていた。常に成長したいという向上心は見上げるばかりのものがある。もちろんそれは、野球の技術的なものだけにとどまらない。菊池はよくこんなことを言っていた。
「野球の技術は年齢とともに衰えますが、心の部分は70歳になっても80歳になっても成長できると思います」
 だからこそ、野球を引退後の夢も持っている。それは、教師になり、野球の指導者になること。その理由を菊池はこう説明する。
「野球の記録だけではなくて、何かを残したいからですかね。取り組む姿勢とか、そういう姿というのを自分だけで終わらすのではなくて、子供たちに伝えていけば、その人たちがどんどん下(の世代)に伝えていって、野球がもっと盛り上がると思うので」
 ここまで考えている高校生がいるだろうか。

日本プロ野球選択は決して回り道ではない

 日米を巻き込んでの騒動となった進路問題は日本でプレーするという結論になった。普段から、野球以外のことも考え、全力で取り組んでいる菊池が熟考した結果。後々、必ずや「いい選択だった」と言われるときが来るだろう。
 以前、変化球について尋ねたとき、菊池はこう言っていた。
「まずはまっすぐを伸ばす時期だと思いますが、タテの変化球を完成させたい。手が大きいので、フォークは投げられると思います。まっすぐ、スライダー、フォークの三本柱を磨きたい」
 今流行りのツーシームや左投手特有のスクリューは最終手段。年齢を重ねてからでいいとも言っていた。150キロを超す速球を投げる投手がゴロゴロいるアメリカには、速い球は苦もなく打つ打者ばかりだ。そこに身を投じれば、当然、菊池のストレートでもはじき返される。その結果、いい当たりをされたくないという思いからツーシームなどの小さい変化球を覚えたくなる可能性もある。それでは、本末転倒だ。
 高校野球とは違い、日本のプロ野球はストライクゾーンが狭い。打者の選球眼もいい。ここでピンポイントに投げられる正確な制球力を身につけることは、投手として一段上のレベルに行くことを意味する。一発狙いで振り回す打者が多く、制球力よりも球速や球威で勝負する投手の多いアメリカでは、この部分を磨くことは難しい。将来的にメジャーでプレーするために、実力を磨く舞台や環境はむしろ日本の方が多いかもしれない。

 技術、能力、人間性。どれも申し分のない菊池。唯一、心配なのは人がよすぎる性格面だけだ。だが、それは菊池自身も自覚している。
「道を歩いていても、知らない人に『君はやさしすぎるから勝てないんだ』と言われたこともあります(笑)。勝負の世界になれば、お人よしではダメ。ときにはムキになって、牙をむくことも大事なのかなと思います」
“いい人”を捨て、若者らしい荒々しさでプロの世界に立ち向かってほしい。臆することなく、上から目線でプロの打者を見下ろして投げてほしい。牙をむき、日本球界を席巻して、数年後、胸を張って夢であるメジャーへ旅立ってほしい。日本選択は決して回り道ではない。
 夢は正夢。
 雄星ならできる。
 吠えろ、雄星――。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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