清水を変えた監督、長谷川健太の信念=堅守を築き上げたリアリスト

飯竹友彦

昨季の鹿島戦を境にリアリストへ

枝村(右)ら若手の台頭により戦力も充実。長谷川体制は集大成を迎えつつある 【写真は共同】

 柔軟性という点に関して言えば、2008シーズンに長谷川監督の中で、サッカーに対する考え方に変化が生じたことが大きい。就任して3年目までは、どちらかと言えば、自分の美学やこだわりを貫き通していたが、この年の終盤戦では、自分たちの戦い方を押し通すのではなく、相手に合わせた戦い方をするシーンが見られるようになった。それは、ある試合を境に変化した。

 そのきっかけとなったのは08年のナビスコカップ準決勝の鹿島アントラーズ戦だ。当時、主力にけが人が多くベストメンバーをそろえることのできなかった清水は、第1戦のアウエーで4−4−1−1という超守備的な布陣で挑んだ。サイドバックはもちろん、サイドハーフも相手陣内に攻め上がるシーンはほとんどなく、8〜9人でブロックを作り守備に重点を置いたゲームプランを選択した。
 その結果、見事90分間を無失点で乗り切って第2戦につなげることができたのだが、試合後は相手チームからも相当な批判があった。だが、長谷川監督はその批判を甘んじて受けた。

 迎えた第2戦、ホームではシステムをダイヤモンド型の4−4−2に変更。超守備的なシステムから、バランスの取れた普段のスタイルに戻した。その結果、2−1で鹿島を打ち破ることに成功。と同時に、このホーム&アウエーの2試合を通じて、長谷川監督が勝利に徹するリアリスト(現実主義者)になった瞬間でもあった。シーズン終了後、監督自身が「柔軟に、勝つために、勝ち点3を取るために、じゃあ何をしなければいけないのかというところで考えました。あまり固執してというよりも、自分自身で何を求めるかじゃないですかね。プライドというか、変なこだわりを捨てられるかどうかだと思います」と振り返ったことからも、この一戦が長谷川監督の指導者としての大きな転機となったことは間違いない。
 この鹿島戦以降、理想を追い求めるだけでなく、時には相手のスタイルに対応してでもリアルに勝利を求めるという柔軟なさい配に変わった。

 今季の清水は、相手のストロングポイントを抑えて弱点を突く試合をしたかと思えば、自分たちのサッカーを押し通すなど柔軟な試合運びができている。当然、ホームかアウエーかという点も戦い方に影響を与えているだろう。相手に合わせるということは、入念なスカウティングがベースにあって初めてなせる業だが、今季の長谷川監督は実戦における“使い分け”がさらに切れを増した印象を受ける。

念願のタイトル奪取に向け下地はそろった

「強いチームには形が絶対にある。だから、まずは清水エスパルスの形を作らないといけない」という理念を持っていた長谷川監督。その“形”を作るために、就任1年目から組織的な守備作りに取り組んで、スタイルの構築はできた。
 しかし、サッカーは対戦相手があってのもの。自分たちのスタイルを押し通したとしても、常に思い通りの戦い方ができるわけではない。そうした場合、どんな状況になっても試合に勝つためには、臨機応変に対応できる柔軟な頭を持たなければいけない。指揮官は経験からそう悟った。勝利を得るための柔軟な思考、長谷川監督のそうした精神的成長もチームの力として大きな財産となっている。

 指揮官の熱意は選手たちにも十分、浸透している。長谷川監督の就任以後、若い選手が着実に力をつけてきた。GK山本海人、DF青山、岩下、MF本田、枝村匠馬、山本真希、原、岡崎といった、いわゆる北京五輪世代(85〜87年生まれ)の台頭がチームの力を押し上げている。彼らの多くはレギュラーポジションをつかんでいるが、その成長は、若手を積極的に起用してきた監督の功績でもある。

 その長谷川監督の契約も、今季で最終年を迎えた。現体制5年目となる今季、清水は長谷川監督の指導の下、自分たちの形=堅守、充実した戦力=若手の台頭という力を手に入れた。また、何よりも指揮官自身がリアリスト=勝負に徹した柔軟なさい配を振るうという大きな成長を遂げた。念願だったタイトル奪取へ向け、いよいよ下地がそろったと言ってよさそうだ。

 前述したように、残念ながらナビスコカップはすでに敗退が決定しているが、リーグ戦はまだ10試合ある。残り10試合を超リアリストに徹して戦い抜けば、長谷川監督の集大成の年として最も大きな成果を得ることができるかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1973年生まれ。平塚市出身。出版社勤務を経てフリーの編集者・ライターに。同時に牛木素吉郎氏の下でサッカーライターとしての勉強を始め、地元平塚でオラが街のクラブチームの取材を始める。以後、神奈川県サッカー協会の広報誌制作にかかわったのをきっかけに取材の幅を広げ、カテゴリーを超えた取材を行っている。「EL GOLAZO」で、湘南ベルマーレと清水エスパルスの担当ライターとして活動した。現在はフリーランスの仕事のほか、2014年10月より、FMしみずマリンパルで毎週日曜日の18時から「Go Go S-PULSE」という清水エスパルスの応援番組のパーソナリティーを務めている。2時間まるごとエスパルスの話題でお伝えしている番組はツイキャス(http://twitcasting.tv/gogospulse763)もやっています。

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